僕が世界一周の旅で一番「楽しかった」場所。
ブラジル・バイーア州・サルバドール。
時期は2月。
そう!!カーニバルの時期である。
なぜいま、その更新をするのか??
実は、カーニバル直後に、僕は南米大陸から、中東へ移動したのだが、その際、写真データが入ったメモリカードを宿に落としてきてしまったのである。
よって、更新ができなかったのである。
(落としたメモリカードは、カーニバルのときに一緒にいた仲間がなんとか見つけ出してくれ、スペインで待ち合わせて受け取る予定が、スペインでその人とニアミスしてしまい、日本に送ってくれた。)
ということで、日本に帰ってきてからの、めちゃくちゃ遅い更新になりましたが、やっと、満を持して・・・
ブラジル・カーニバル連載を開始します!!その前にまず、サルバドールに着くまでの旅の道のりのおさらい。
ペルー → ボリビア → アルゼンチン → パタゴニア地方 → チリ → アルゼンチン → ブラジル
僕の旅で、一番のハイライトと考えていた、ボリビアのウユニ塩湖。
雨期に見れる、水の張った水鏡。
南米一、いや世界一と言っても過言ではない絶景!!
この雨期に合わせて、僕は東回りの世界一周を選択した。
しかし、そのウユニ塩湖は、今年は雨期が遅れており、僕の行った12月など、カラッカラで、からっきし水なんて張っていなかった。カラッカラでからっきし!!
(その後の旅人の噂では、1月や2月、3月頭でも水鏡を見れた人と見れない人がいて、今年はどうやらかなり運が良くないと見れなかったようだ)
だから、どうしても水鏡を見ようと、僕は一度ウユニ塩湖を通り過ぎ、南米大陸を南下して、もう一度ウユニ塩湖へ北上しようと考えていた。
そんな考えを持って、僕はチリの首都サンチャゴにいた。
ここから北上すればウユニへ戻れる。
今なら雨期ど真ん中、水鏡の絶景を見れる確率は高い。
しかし・・・僕が向かったのは東。
ウユニは捨てた。
ブエノスアイレス、イグアスの滝、リオ・デ・ジャネイロを経由する大移動の果てに辿り着いたのは・・
サルバドール







■サルバドール
ブラジル東部、大西洋岸に位置する、バイーア州の州都。
1549年から約200年間、ポルトガルの支配の下、ブラジル最初の首都として栄えた。
正式名称は「サン・サルバドール・ダ・バイーア・デ・トドス・オス・サントス」。
聖人の日に発見されたことから、「聖人の湾の、聖なる救世主」という意味の、この都市名がついた。
ブラジルには同一都市名があり、「バイーア」と呼ばれることのほうが多い。
アフリカからの奴隷貿易の中心地でもあったため、黒人の人口比率が約80%と高い。
その歴史は一言で語ることができない。
カンドンブレ、カポエラの中心地でもある。
カポエラ・・・格闘技とダンスの中間の競技。格闘技だが、打撃はない。
カンドンブレ・・・奴隷貿易の時代に、アフリカから入ってきた宗教が、カトリックに改宗させられる中で独自に発展した宗教。
僕が、この旅一番のハイライトと決めていた雨期のウユニ塩湖を捨てた本当の理由がここにある。
この街についたのは2月の2日。
ちょうどこの日はイエマンジャ祭という祭りの日
この祭りは、海の神様イエマンジャを称え、花や鏡、香水を海に投げ入れる祭りだ。
宿に到着するなり、宿の前で、オーナーさんに遭遇。
これから始まるという、祭りの中心地まで連れて行ってもらうことに。
バーハ海岸沿い

海岸沿いにあるイエマンジャ祭のメインストリート。
炎天下の下、昼間から多くの人で賑わっていた。


その、人の多さ・・・というより、黒人比率の高さに圧倒された。
この地の人々のルーツはアフリカなんだなと感じざるを得ない。
ビーチは人の波。




混沌としていた。
オーナーさんに連れられ、僕の泊まる予定の宿の人たちと合流。

こんにちは〜!!

どうも〜。りょうじです!!よろしくおねが・・・

ええ!?なんか様子がおかしいぞ!?
しかも・・・よく見ると・・・↓

かっこいいペイントかと思いきや、「トイレ無料」
この人たち宿の宿泊者!?
そうなんです。宿泊者であり演奏者。
ということで、出番。
演奏スタート!!
海の青にひときわ映える白の衣装、青い空に響き渡る乾いた太鼓の音。




そんなかっこいいシーンの中、僕は、演奏者に水を渡す任務を引き受け、必死に給水のタイミングを見計らっていた。
演奏中、次から次へと現地人が演奏に混ざってくる。
ノリのよさが半端じゃない。
勝手に周りで踊り出す人、勝手に先導をしはじめる人、中には演奏者のバチを奪い勝手に太鼓をたたき出す人までいる。
そして無事演奏を終え、僕も給水係の任務を解かれる。
演奏を終えたメンバーの顔は皆、爽快感に溢れ、帰り道では、すでに演奏の反省点を指摘し合っていた。
実は、このサルバドールで僕が泊まろうとしていた宿では、毎年、旅人が集まり、一緒に練習をして、カーニバルで太鼓を演奏しているのだ。
カーニバルに向け1月頃から練習を始め、このイエマンジャ祭での演奏は、カーニバル前の中間地点にあたる大きなイベントだったという。
さて・・・
察しのいい方は、もうお気づきかもしれませんが、僕は、このチームに混ざり、カーニバルに参加するために、ここサルバドールに来ました。
雨期のウユニ塩湖、アマゾンのジャングルなどの見どころを捨てた理由はここにあったのです。
ウユニ塩湖の水の張り具合と同様に、“カーニバルをどこで迎えるか?”
これも旅人たちの間では、度々話題になっていた。
僕は旅に出た当初、カーニバルはリオでやるもの。リオが一番。そう思っていた。
しかし、バックパッカーのあいだで、評判がよく人気なのは、サルバドールだった。
「リオのカーニバルはスタンドから観る。サルバドールでは、一緒に混ざって踊ることができる参加型。」
知る人は皆、口を揃えてこう言っていた。
さらに、サルバドールのある日本人宿では、日本人が集まり、パーカッションチームを作り、カーニバルで演奏している。
旅人でも演奏に加われる。そんな情報も聞くようになった。
リオのカーニバルは世界的に有名。
ウユニやアマゾンも、シーズンによって見せる顔が違うし、日本から行くには遠く、滅多に行けるところではない。
だけど、現地のカーニバルに出るなんていう体験の方が、僕には魅力的に思えた。
今しかできない、と思ったのは、カーニバルに出ることだった。
そして、サルバドールを、その宿を目指してここまできた。
ブラジルへ急いでいた理由は、早めにここへ来て練習をするためだった。
これから、カーニバルまで猛練習の日々が始まる。
次回から、その模様をお伝えします。
記事は、今年2月に現地で書いた文に手を加えているので、時制がおかしい点がありますが、ご了承ください。
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Comment
>shihoねーさん
もうかなり昔のことに感じますねぇ。
だって、姉さん含めて、まだ出会って1年だなんて、信じられない・・・
ちなみに、僕は、今年また行っちゃおうか真剣に悩んだ(笑)
姉さんのおかげで、こうやって写真UPできてます。
本当に感謝しています。
うわ、サルバドールなつかしーーーー!!
またいきたいーーー!!
あの生活またみんなでしたいなぁ!
たった一年前のことなのに、ずいぶん前のような気がするよね。
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