1. Top » 
  2. 2015年09月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Genre:

この長い旅を振り返って



日本では、ここ数年、海外に関するテレビ番組が増えているようだが、
やはり、今回また旅に出て感じたのは、写真やテレビには映らないものこそ、旅の醍醐味だということ。
現地人とのちょっとしたやりとり…
旅人との出会いや再会…
目的地にたどり着くまでの試行錯誤、不安…
旅が長くなるにつれ変化していく心境や価値観…
空気、匂い、色、味、音… 
人の目の輝き、表情の変化、声質、間、手の感触…

それら以外のスピリチュアルな何か… 

僕は、やっぱり長旅が好きだ。
長旅でしか味わえないこと、感じられないことはあると思う。
いろんなことから、どんどん切り離されて、
「自分」と「いまこの目の前」しかなくなっていく感覚が好きだ。
あと、恥ずかしながら、自分がすごく大人になったかのような、あの錯覚も好きだ。

ただ、やっぱり、「日本に帰る」ことは自分の旅の大前提。
だから、楽しめる。 
「日本に帰れる」という安心感を背負っているからこそ、
前に踏み出していける。
最後の目的地、日本は、ある意味、一番楽しみな目的地とも言えるかもしれない。


そしてその日本へ帰ってきた今、もう一度、この旅を振り返ることで、この旅を終え、
また前に進んでいこうと思います。




旅を振り返って

今回の旅は、約6カ月間。
もともと予定していたのは約6カ月間だった。

体調が良ければ、東欧、西欧、アジアをあと2カ月ほどでまわってから帰ってこようと思っていたが、
残念ながら予定通りの期間で旅を終えた。

当初は、

南インド~南米~アメリカ~ヨーロッパ~アフリカ

の予定だったが、

南インド~南米~アフリカ

となった。

1月2日に出発。
ブラジルのカーニバルの時期に合わせていたこともあり、南インドは延長することなく3週間ほどでまわった。
印象的だったのは、南インドの人の穏やかさと、北インドとの文化の違い。
バックウォーターのクルーズとゴアやコヴァラムのビーチでの時間は穏やかで極楽だった。
南インドは食も口に合い、食堂めぐりや買い食いをして、チャイで一息。これも極楽だった。

その後、1月末から入ったブラジル・サルバドールでは約1カ月ほどカーニバル一色で過ごし、その時のメンバーとアマゾンの旅へ。
この頃から体調が悪化。アマゾンでは40度の熱を出す。
そして、アマゾンから出たときにはさらに1カ月が過ぎていて、そのまま南下。
2月後半、ペルーからボリビアに一気に移動。それまで不安定だった体調がこのあたりから本格的に悪くなる。
ラパスでは彼女がアマゾンの尾を引いていた感染症で入院。
ウユニ塩湖は薬の効き目もあり、気持ちよく観光することができ、そのままチリのアタカマへ抜ける。
アタカマからは彼女と別々の旅をする。彼女は南のパタゴニアへ、僕はチリ、アルゼンチンを横切り東のブラジルへ出戻り。
この頃には、病院を転々としながら、薬も飲んだり飲まなかったり・・・
薬なしでは症状を抑えられなくなる。
パラグアイの日本人居住地では約2週間療養し、治ったかのように見えたが、その後向かったアルゼンチンで再発。

本来、南米のゴールはコロンビアのボゴタ。南米を南下した後、もう一度北上し、ボゴタからアメリカへ飛ぶ予定だったが、
南下している中で、もう一度北上することが面倒になり、アルゼンチンからアフリカに入ることに。

アフリカには南アフリカから入り、喜望峰から前回の旅の逆再生を開始。
ナミビア一周し、ビクトリアの滝で体調不良に耐えきれなくなり、帰国チケットを買うが、あきらめきれずキャンセルして根性で旅続行。
ボツワナでのサファリ、ジンバブエでのムビラ修行のホームステイをして北上。マラウィで少しだけ癒され、東アフリカタンザニアへ。
ザンジバルでは、きれいな海を前に海風に吹かれ、友達から薬をもらって少し元気になるが、エチオピアの湿気、標高、衛生面の悪さで症状悪化。
帰国を決めた後、一度はあがいて北部のメケレへ行くが、動けなくなりあえなく帰国。


今回、前回の旅で訪れたところにも多く訪れた。
まわっていて感じたのは、訪れた国が漏れなく物価が上がっていたこと。
そして、デジタル化が進んでいること。

南米最貧国のボリビアや、エチオピアでさえ、宿が安いとあまり感じられなくなっていたし、
元々物価の高いブラジルはさらに物価が上がっていた。
円が安いということも、感覚的にはあるが、根本的にもどこも現地価格で値上げを行っている。
まだ上がる気配を感じる国も多い。
旅に必要な予算はこれからさらに上がっていくのかもしれない。

そして、もうひとつ驚いたのは、デジタル化の波が全世界に広がっていること。
前回の旅のときは、iphoneが発売されたばかりで、ナミビアのツアーの際、スコットランド人がiphoneを持っていたのは見たが、
現地人がスマホを持っているのを見た記憶はない。
今回の旅の中で、現地人のスマホを見かけなかった国はない。

僕は仕事以外でスマホを持ったことがいまだないので、驚いた。
もちろんまだまだガラケー率が高い国もあるけれど、そんなに裕福でもなさそうな現地人が普通にスマホでfacebookを見たりしている。
海外では、日本の大手3社のようなよくわからない契約方法ではないからだとは思うが、万人がインターネットに気軽にアクセスできる時代はもうすでに来ている。

ついでに言うと、現地人の観光客も各国で増えている印象がある。
相変わらず、中国人はどこにでもいるが、現地人の富裕層はもちろん、中流階級であろう家族や、若者だけの現地国の旅行者をよく見るようになった。

インドや中国が発展しているのは当り前になってきているけれど、その他の、日本ではあまり馴染みのない国も発展してきているのだと思う。
僕もそうだが、英語が話せない、英語の情報が読めない人は、世界から置いていかれる不安さえ感じる。

世界は大きな変動期にあるのではないかと感じさせられた。




もう一度旅の流れを見てみると、6か月の旅で体調が良かったのは、最初の2カ月。
後の4カ月は楽しかったこともあったものの、耐える時間がとても長かった。
途中、何度も「なんの修行だこれ?」とは思っていた。

けど、苦しい時や限界なときにしか考えられないことや、感じることのできないこともたくさんあって、
人の優しさがすごくありがたかったし、そういうときは、相手がどういう人なのかということも感じやすかった。
体が環境や食べ物に対して敏感になっていたので、繊細にならざるを得なかったし、
それで学べたこともたくさんあった。

ネットを見ると同じ症状で壮絶な思いをしている人が多く、日本にいても辛かったと思うけれど、
海外でこの辛さを経験できたのはある意味、貴重だったと思う。
前回の帰国後発症した腸チフスなど比べ物にならないほどの辛さだった。
でも、もっと辛い病気や症状も世の中にはあるんだろうな・・・

目の前にある観光資源とは関係のないところで、
今回は、病院、薬、食べ物、環境、人について、考えさせられることが多かった。
旅とあまり関係ない気もするんだけど、今回の旅の大いなる収穫だったと思う。

帰国して約1カ月ほどが経ち、少しずつ症状が回復して、普通に外出することもできるようになっている。





今すぐには、また旅に出たいとは思わないけど、やり残した感はあるし、行き残したところもある。

まだまだ行けていないところばかりのヨーロッパ。
また届かなかったアメリカ。
また後回しにしていけなかった東南アジア。
ダナキル砂漠という忘れ物を作ってしまったアフリカ。
また行きたい南米。
今いけない中東。
何度でも帰りたいインド。

ほんとキリないや(笑)


とりあえず、どこで生きようか日本。






またどうせ再開するときまで、おやすみなさい。
  
スポンサーサイト

Page Top

プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。