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  2. 2015年07月

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何もないマラウィ

マラウィ、前回の旅で気になっていたけど行けなかった国。

行った人が皆、よかったと口々に言っていたのが印象的。
「何もないけどいい」らしい。

この、旅人が評する「何もないけどいい」という場所は、だいたい本当にいい場所が多い。
そこそこきれいな自然があって、居心地のいい宿があって、物価が安く、気候もよく、人もいい。そして平和。
やることはないが、ただそこにいるだけで気分がいい。
そういう場所が多い。

これといった目立つ観光資源がないのだが、逆に、本来あってほしいものがある。


マラウィのンカタベイもそのひとつに数えてもいいのではないかと思う。


山間部を進み、視界が開けたと思うと、目の前に広がるマラウィ湖。
そのマラウィ湖の湖畔に位置するンカタベイの町。

美しいというわけではないマラウィ湖だが、
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欧米人がはじめた、おしゃれな宿があり、
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町で売っている食べ物もそれなりに安く、
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絡んでくる人は多いが、そこまでのうるささがない。
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なんといっても、空気的に完全に平和。
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もちろん、これといってやることはないが、旅の休息ができる場所。

特にアフリカは治安や衛生面、人のうるささで落ち着かないことが多いので、こういう自然と共に平和に落ち着ける場所は貴重。
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気候もここまで来てやっとあたたかくなり、夕日も星空もきれいだった。



ここで充電をして、また次の場所へ。



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マラウィ ンカタベイ 6.14~6.16


ジンバブエ ハラレ~ マラウィ ブランタイア ~ マラウィ ムズズ ~ マラウィ ンカタベイ
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念願のムビラ (アフリカホームステイ)

ムビラという楽器を知っている人は日本にどのくらいいるのだろうか。

僕も旅に出る前は知らなかった。

はじめて知ったのは、一度目の世界一周中、メキシコの宿で。
3年間旅をしていた旅人が持っていた。

ジンバブエの伝統的な楽器だという一見、楽器とも思えぬような不思議な形の楽器から放たれた神秘的な音色に、“一音惚れ”した。
僕もアフリカにも行くし、これは絶対買おう!と決心した。

が、アフリカに行った際、ジンバブエはビクトリアフォールズの国境までしか行かず、結局ムビラを見ることもなくアフリカを後にした。
当時は、その後に行く予定だったインドで、皆既日食を見れる可能性があったため、先を急いでいたこと、
またジンバブエがハイパーインフレの渦中にあり、わけがわからないことになっていそうだったので行くのをやめた。

しかし、日本に帰ってからもムビラへの未練は消えず、楽器屋に行ったり、インターネットで探しては、約3万円するムビラを買おうか繰りかえし迷っていた。

今回、アフリカに行くことが決まったとき、アフリカで一番楽しみなのは、ムビラに出会うチャンスを再び得たことだった。

偶然にも彼女も彼女で元々ムビラに惹かれていて、さらに彼女は驚くことに、自分でネットで情報を調べまくり、
現地のムビラアーティストを紹介してもらい、ホームステイをして、ムビラを習う約束まで取りうけていた。

僕ももちろん行ってみたいということで、2人そろって念願のムビラ修行へ行くことに。


その現地のムビラアーティストというのは、ガリカイ・ティリコティさんという方。
元々は、一人で演奏、または、同じコード(チューニング)のムビラで合奏するムビラを、
異なるコードのムビラを用い、オーケストラ形式で演奏することを始めた、いわゆる第一人者である。
アメリカや、ヨーロッパ、2013年には日本にも来日し、ライブを行っている。
(2015年夏~秋にも、来日予定)

そして、ガリカイさんは、ただ演奏するだけでなく、自宅でムビラを手作りで制作し、
アメリカ、ヨーロッパなどに輸出している。
僕が滞在している間にも、北欧やアメリカなどからオーダーがあり弟子や息子さんたちと共に作成していた。
ガリカイさんの家はムビラ一家で、息子さんの中にはすでにアーティストとして活動している方も何人もいる。

また、実はガリカイさんは、2000年代前半から、バックパッカーにもムビラを教え始めている。
はじめは、ゲストハウスで会ったオーストラリア人を家に招いたのがきっかけだったようだが、
最近は主に日本人バックパッカーがガリカイさんを訪ね、ムビラを教わりに来ている。
約10年で、200人ほどの日本人が来たのだという。

滞在期間は、1,2週間の短期の人から、数か月単位の人まで、様々。
見ず知らずの外国人に、寝床とご飯を提供し、ムビラを教えているのは、
すごいとしか言いようがない。

僕らは、先に旅の予定と、僕の体調のこともあったので、
1週間ほどの滞在をお願いしていたが、滞在中は、
もっと長くいたほうが上達するし、長くいることは全然気にしないでいいからと言ってくれた。
滞在期間中は、「ここに一緒に住むからには家族」と言って、ガリカイさんだけでなく、たくさんの息子さん達も
本当に家族のように接してくれた。
短い期間であったのに、すごく嬉しかった。



ガリカイさんの家は、ジンバブエの首都ハラレの郊外にある。

首都ハラレ
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けっこう都会で、けっこうごちゃごちゃしてた。




首都郊外というと、閑静な住宅地というような想像をするかもしれないが、
アフリカはそうではない。

かなりの田舎、どローカルである。
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家も質素で、正直なところ、最初に着いたときには、
海外にも行く伝統楽器のアーティストの家とは思えず驚きを隠せなかった。

水道は断水が多いのかほぼ使えず、水は井戸でくみ上げるのだが、
その井戸は水がわき出ているわけではなく、他の場所から汲んできた水を、
井戸のような穴に入れ貯めているのである。
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飲み水、調理用の水は別のきれいな水を用意しているが、
トイレ、風呂、洗濯は、この貯めてある水を使う。
トイレはもちろん水洗ではなく、バケツで水圧を使って流すし、
風呂もバケツの水を浴びる。(というかうまく使う)

思わぬところで、もしかすると、今までの旅で一番の「水不足」かもしれない。

この地域は停電も多く、夕方から21時前くらいまでは毎日停電していた。
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そんな少し驚きの環境に飛び込んだ初日の夜、
ガリカイさんとその息子さんとで、歓迎のライブを行ってくれた。
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総勢6~8人くらいで、ムビラとシェイカー、木琴を使ってライブをしてくれた。
何十年練習したら、これくらい弾けるだろうかという指捌きを目の当たりにしたが、
早く練習をしたいという思いがより強くなった。

そして、ジンバブエの主食「サザ」をごちそうになる。
ケニアのウガリ、マラウィのシマと似たメイズ、とうもろこしを原料にした、
日本でいう「ごはんとおかず」の「ごはん」にあたるもの。
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白いやつ

そして、翌日からムビラ修行を開始。
といきたいところだが、始めは、自分のムビラを持っていないため、
ガリカイさんと息子さんたちが大急ぎで自宅横で僕らのムビラを製作開始。
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その間は、ガリカイさん宅にあるムビラを借りて入門曲を練習。

そしてなんと到着から二日後に、僕らのムビラが完成。
一日中作業×2日 して、急いで作ってくれた。
念願のマイムビラ!!
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後からわかったのだが、ハラレの町で売っているムビラと、このガリカイさん作のムビラとの質の違いがすごかった。
ガリカイさんのムビラは持ちやすい、弾きやすい、美しい、音がいい。
最初にハラレに着いた時、ガリカイさんのムビラ以外の安いムビラも買って帰りたいと思い下見してはいたのだが、
ガリカイさん宅からハラレへ帰った後、町のムビラをもう一度見に行って弾いた時、
あまりの質の違いに愕然とし、一気に買う気がなくなった。



念願のマイムビラを手に入れ、さらに練習への気持ちがたかぶる。


ガリカイさんのお孫さんならぬ息子さんたち※にちょっかいを出され、
ときに一緒に遊び、ときに無視しながら練習(笑)
この時期は完全真冬でめちゃくちゃ寒いので、
ときに太陽の下で、ときにロウソクの下で練習(停電のため)
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※たくさんちびっこがいたが、お孫さんは2人だけでそのほかの子たちはガリカイさんの「息子さん」だという!
※そして、初めて生で見る「一夫多妻制!」のお家だった。(妻2人!!)



ブラジルでの太鼓など、打楽器の演奏経験はあるが、メロディの楽器はほぼ初めて。
なぜか中学三年の時に、校内の合唱コンクールで一曲だけ猛練習してピアノ伴奏をした経験はあるが、
ここで経験と呼べるほどのものではない(笑)

メロディを奏でるだけあり、音の数の多さや、両手を駆使する演奏方法に苦戦。
演奏に使うのは、ピアノよりも少ない3つの指(ほぼ爪ではじく感じではあるが・・・)
「左手の親指」、「右手の親指」と「人差し指」だけなのだが、
初心者にはなかなか難しい。

ただ、練習を続ければ少しずつ弾けるようになっていることを実感しやすい楽器ではあり、
練習すればするほど楽しくなるので、黙々と練習を続けた。

滞在期間が短いので、完全に曲をマスターする前に、いろんな曲を教えてもらい、
後から練習して完成させるというやり方にした。

楽譜だけでは曲のイメージがつかめないため、ガリカイさんに実演してもらい、
曲の感覚を掴んだ。
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アーティストである息子さん達のセッションも何度か見せてもらったが、
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超絶な指さばきで、もはやよくわからない。
僕らが今練習している曲をやってもらっても、もはや同じ曲に聴こえない。
ムビラには1曲に対して、たくさんのパートがあるようだが、それでもわからなすぎて笑えた(笑)


滞在中には、息子さんの一人(22歳)と近くのバーに一杯やりにいったり、
村を散歩して、チップス(フライドポテト)や、焼きトウモロコシ、ポップコーン、などを買い食いをしまくった。





いつもお昼にピーナツバターを塗ったパンと甘ーいミルクティー、
夜にはサザと肉と菜っ葉のセットをごちそうになった。
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ムビラ以外には、子供と戯れるか、小さい村をフラフラするくらいしかやることがなく
子供との戯れはこちらも飽きてしまうし、徘徊する村は小さいのですぐに帰ってきてしまうので、
いつも食事が待ち遠しかった。

ケニアやウガンダの孤児院でよく食べたウガリは好きだったので、
サザはどことなく懐かしく、特にウガンダの孤児院で子供たちとロウソクの火のなかでウガリをニギニギしながら
食べたことを思い出し、またアフリカに来ていることを再認識させられた。

ご飯を食べた後は、部屋に戻り、またムビラを練習し、寒いのでもう寝るという日々だった。


先にも書いたが、この時期のジンバブエは真冬でとにかく寒く、日も短い。
18時前には日が暮れ、そのタイミングでいつも停電していたので、
リビング的なところでロウソクの火に照らされながら、または僕らの寝泊まりする暗い部屋の中で、
寒さとアレルギーの体調不良に耐えつつ、寝袋にくるまりながら、
哀愁感漂うムビラの曲を練習した、あの光景、あの音、あの寒さは忘れられない。
その曲を弾くたびに思い出すだろう。(実際、もう思い出してる。)



そして、長いような短いような一週間が過ぎ、ガリカイさんの家を後にする。
最終的には、7曲かじり、他にも数曲の楽譜をもらった。
これをこの後、旅をしながら練習していく。


ガリカイさんをはじめ、息子さん達、奥さんたち、こどもたち・・・
見ず知らずの、短い期間だけ滞在する外国人を快く受け入れてくれて、
本当にすごいなと思ったし、感謝の言葉以外何もない。
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図らずも、アフリカの、どローカルな暮らしを体験することもできた。

電気や水の貴重さ、食事や掃除、洗濯やトイレ、風呂のスタイル、彼らの精一杯のおもてなし。

旅するだけでは決して見れない、“暮らす”ということで初めて知れたこと。
知ったからこそわかる彼らの優しさ。

大切な水を使って食事の前後に手を洗わせてくれたり、こどもたちが取り合うようなパンを笑顔で僕らに追加してくれたり。
元々男2~3人で寝ている部屋を何の躊躇もなく空けて、僕らに使わせてくれたり。

嬉しかったし、彼らとの距離がすぐに縮まった。
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逆の立場の場合・・・ 日本に外国人が来たとき・・・
僕はどこまでのことができる人間だろうと考えたとき、
心が締め付けられるような感覚になった。

文化の違いなどはあるけれど、もっと知り、もっと話し、もっと近づくことが、
もっと豊かに生きれることなのかもしれない。



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ジンバブエ ハラレ 5.31~6.4 / 6.10~12
ジンバブエ ガリカイさん宅 6.4~6.10

リベンジのビクトリアフォールズ

前回来た時のビクトリアフォールズ。
それは滝ではなかった。
その理由は、水量が多すぎて、水しぶきが大量に上がり、
その水しぶきで「滝がまったく見えなかった」からだ。

そういうことで、南米のウユニ塩湖、ナミビアのヒンバ族と同様、こちらも前回の旅の忘れもの。

前回訪れたのが6月末。今回は5月末。そんなに時期のズレはないけれど、
旅の通り道だし、もう一度行ってみました。
ザンビアとジンバブエ、両国にまたがって存在するビクトリアフォールズ。
前回はザンビア側へ行ったので、今回はジンバブエ側へ。

前回、ちゃんと調べてなかったけど、ジンバブエ側のほうが迫力があって人気のようだ。

そして、恐る恐る滝に近づくと・・・
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今回はバッチリ。

イグアスの滝にも引けを取らない迫力。
(といってもイグアスの滝も今回の旅では行ってないので記憶がちょっと薄くなってますが。。。)


リベンジ成功、すっきりしたぁ。




ジンバブエ ビクトリアフォールズ 5.25~27,30~31



ルートの整理

ナミビア エトーシャ、ナミブ砂漠、ヒンバ族 
⇒ ザンビア リビングストン経由 ジンバブエ ビクトリアフォールズ
⇒ボツワナ カサネ
⇒ジンバブエ ビクトリアフォールズ

はじめてのサファリ2

チョベ国立公園

ここではゲームサファリ(4WD)とボートサファリ(クルーズ船)を体験。


ゲームサファリ

早朝に寒さに耐えながら、朝方の勤勉な動物たちを4WDで見に行く。

象、猿、インパラ、イノシシ、アフリカンイーグル、カラフルな鳥、遠目に水浴びするカバを見れた。


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イノシシ
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アフリカンイーグル
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カラフルな鳥
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カバ
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いろいろ見れたけど、一番感動したのは、ふいに、ぬうっと現れたバッファロー。
思わず「おおっ」と無意識に声を上げてしまった。
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他にもバッファローは見たけれど、このバッファローは存在感が違った・・・
圧倒された。






ボートサファリ

夕方に、川のほとりに水飲みや水浴びをしに来る動物たちをクルーズ船で見に行く。
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いろいろ見れたけど、一番感動したのは、それまで見れていなかったカバ
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と、

ワニ
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ワニは基本的にぜんぜん動かない。死んでるのかと思う。
口開けてるけど、口開けたまま固まってる。


キリン
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エトーシャでも水飲み風景を見たけれど、キリンの水飲みのスタイルはやはりちょっと笑ってしまう(笑)
ハイ!開脚!

バッファローの水飲みも
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象の水浴び
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象の川渡り
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そしてここでも素晴らしい夕日を見ることができた

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これぞアフリカの夕日・・・

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サファリで見る動物は、動物園でも同じ種類の動物は観れるし、もちろん動物園は丁寧な説明書きがあったりして楽しいし好きだけれど、
「野生」ということで、これほど感じ方が変わるとは思わなかった。
それは、ある意味神々しく、神秘的で、そして当然、野性的でなく「野生」だった。


動物園の動物はこちらに警戒することはないし、他の動物の急襲におびえることもない。
水場まで長い距離を移動することもないし、何よりもここはアフリカの大地だった。

そして、見れるかわからない動物が見れた時の感動も大きい。

ナミビア、ボツワナは欧米人の年配の旅行者が多く、
ゆっくりと動物を見て、高性能のカメラで写真を撮ったり、ビールを飲んだり、
綺麗だけれど先進国の感覚からすると割安なロッジに泊まる。
ここは贅沢をしに来る場所なのだとはじめて感じた。

またいつか、歳を取ってから、その贅沢をしに来るのも悪くないなと思った。



「その時まで待ってるよ」
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ボツワナ カサネ(チョベ国立公園) 5.28~30

はじめてのサファリ

アフリカといえばサファリ。
そう言う旅人も多い。
しかし、僕はサファリには興味がなく前回の旅では、
行くことを考えもしなかった。

今回、はじめてサファリをした。
ナミビアとボツワナで合計3回。
正直なところ、やはり楽しかった。




エトーシャ国立公園(ナミビア)

広大な国立公園の中を、レンタカーで動物を探しながら走り、キャンプをし、近くの水場に来る動物たちを見た。



キャンプサイトの近くにある水場に野生動物たちが水を求めて広大な大地から姿を現す。

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ぞう
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キリン

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車を走らせ、普通の日常を送る動物たちを間近で見ることもできた。


キリン
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シマウマ
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これなんだっけな
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いい雰囲気出してる動物なんだけど・・・
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わからん。



インパラの群れVSメスのライオン
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インパラの緊張感はすごい。
けど、止まって見つめて緊張するヒマがあったら、早く逃げればいいのに。

インパラさんには申し訳ないが“残念ながら”狩りは始まらなかった。




エトーシャでは夕日と動物たちの水飲み場を見た瞬間が神秘的で、「アフリカ的」だった。
動物たちの足音、水を飲む音、息づかい、泣き声まで聴こえ、
感情までわかるかのような感覚だった。
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象の水飲みが終わるまで隠れていた臆病なキリン。
一匹が驚いて走ると、群れ全体が入って逃げるインパラ、
動物たちも順番待ちや序列があるようだった。
水飲み場に辿り着き、水を飲む時間は、大切な至福の時間帯なのだろうと思う。
それをアフリカの野生の大地をバックに、ベンチに座りながら眺める僕らも、
至福の時間を過ごさせてもらった。





ナミビア周遊(エトーシャ国立公園 5.23~24)


朝焼けに染まる水場
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ナミビア周遊リベンジ

ナミビアは、前回の旅では割高なツアーで、ナミブ砂漠のみを観に行った。

今回は、レンタカーを使って5泊6日、キャンプをしながらナミビアを一周した。

※このナミビア周遊のレンタカーは、パンク、バーストにはじまり、横転、全損、重傷などの事故が頻発している危険な旅
僕の知り合いも車が一回転し全損したと聞いたし、ネットでナミビア、レンタカーを検索すると事故報告ばかり出てくる。
僕らは幸い、バースト一回、自損事故寸前一回で済んだ。



まずは前回の旅でも行った、ナミビア南部にあるナミブ砂漠。
世界最後の砂漠と言われている。

僕は一番好きな自然が「砂漠」なのだけれど、
ここでもアレルギーで体調が悪く、砂漠をあまり堪能できなかった。

しかし、やはりナミブ砂漠の特徴である赤土は健在で、
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デッドフレイはいまだに“死にながらもまだ生きていた”。
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枯れ木だが、乾燥した気候により腐らず、倒れない。

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夕暮れ時は、本当に砂漠が真っ赤になる。



体調不良で砂丘に登る力がなかったけれど、砂漠で観る朝日は言葉にできない眩しさだったし、
昼は気温40度、そして砂漠特有の渇きによって水分を全部もっていかれ、みるみる悪化する僕の皮膚コンディションも言葉にできない辛さだった。



そして車で大移動(基本的にナミビアは広く道路が悪いので、全部大移動)して、
ナミビア北部のヒンバ族に会いにヒンバの村を訪れた。

ヒンバは砂漠と同様、アフリカ最古の民族と言われている。
前回も見たかったのだけど、南部の砂漠+北部のヒンバなどを組む込むと、
ツアー代金がぐんと上がるため、エチオピア南部の民族を見ていたからいいやと開き直りあきらめた。

今回はしっかりたっぷり会うことができた。

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石を削って、少量のバターと混ぜて身体や髪に塗りつける。
これにより日光を避けたり、泥とともに汚れを落とせる。


男の子たち
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大人の男性は比較的普通の恰好をしていた。


おばあさん
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アイスのゴミを頭に挟んで運ぶ
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ヒンバ族は、マサイ族のように、町に出てきてお土産屋をやっていたり、

普通にスーパーで買い物をしたりする。
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これは、何度見ても奇妙奇天烈に見える。

そして、民族の未来などについて考えてしまう。


しかし、以前にエチオピア南部の民族に会ったときにも感じたが、
僕とはまったく違う生活様式を持つ本物の民族と、
目で通じ合えた瞬間は、やはり言葉にできない高揚感を生み出す。


民族の生活様式の変化、未来・・・
北側に住む自分が偉そうに何か言える立場ではないと思うが、
彼らがどうしたいのか、それは尊重していかなくてはいけないのではないかと思う。

自然や動物と共に生きる民族に対して、僕は6年前よりももっと
尊敬と気持ちが大きくなったし、憧れさえ感じる。

先進国の生活とそれに伴う様々な産業。
自然と動物と共に生きようとする民族。

どちらが「豊かな生活」で、地球にとっては、どちらが優しく、どちらが“自然”なことなのだろうか。

一目瞭然だけれど、簡単にいかないのが現実であり、その中に自分もいることを自覚する。


このほか、ナミビア北部にあるエトーシャ国立公園にも訪れた。
次の記事で書こうと思う。




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アフリカはテント泊が安い。
国立公園内にもキャンプサイトがある。



ナミビア レンタカー周遊(ナミブ砂漠、ヒンバ族の村) 5.19~5.24

アフリカやり直し


「アフリカの水を飲んだものはアフリカに帰る。」

そんな言葉があると、6年前にアフリカを旅しているときに知った。
しかし、前回アフリカを旅している間も、終わって帰国した後も、
アフリカにもう一度行こうとは、まったく思わなかった。

その理由は・・・

第一に、治安が悪いので常に警戒しつづけることが疲れるし、夜とか自由に歩けないから不自由。
第二に、他の大陸に比べ宿代などの物価が高い。
第三に、アフリカで観たいもんは観た。

という三つの理由よりもやっぱり・・・

他の大陸や国のほうが断然行きたい(笑)

あと単純にやっぱり怖いし(笑)




じゃあ行くなよという感じではあるが、今回のこの旅の目的は、
「彼女が前回行き逃したアフリカに行くこと」であり、
要するに、「彼女がアフリカに行こうとしていたこと」が旅に出るきっかけであるため、
まあ仕方がない(笑)



今回のアフリカの旅のはじまりは、南アフリカ・ケープタウン。
アルゼンチンから、現在世界一の格付けになったカタール航空に乗り、
中東ドーハを経由して、合計24時間以上を空中で過ごし、やっと地に足が着いた。

前回の世界一周中、行く前も、最中もドキドキしていたアフリカ大陸。
ここケープタウンは、前回の旅のアフリカの最終地点。
喜望峰に着いた時の安心感の混ざった達成感は清々しかった。
そして、アフリカ最南端から眺めたその海の上には、「ありがとうアフリカ、でももう来ないぞ(笑)」という思いを浮かべてきたはず。
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・・・もう浮いてなかった。



まさか、またここからアフリカの旅がはじまってしまうとは・・・


真夏の部活の練習の最後の最後に、「グランド10周してこい!」と言われるときのような、
エクセルで長時間かけて作成した資料の保存せぬ間にPCがフリーズして完全に消えてしまったときの絶望感にも似た思い。





前回の旅とは逆回転。
前回行った場所も、はじめての場所も、恐怖と楽しみの二度目のアフリカ。

やりなおしアフリカ。

無事故無傷無事生還を目標に・・・
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いってきます・・・




南アフリカ共和国 ケープタウン 5.15~5.17

思い出の宿、驚きの再会

ブエノスアイレス、2008年のクリスマス、2008~2009年に年越しで滞在した町。
今回の南米の旅の最終地点。

やはり今までの南米の町とは違い、キレイな都会。
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英国紙「ガーディアン」が選んだ、「世界の美しい書店」2位に輝いた書店
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元々は劇場だった。




日本で専門店も流行っているチョリパン
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数日後には、ここブエノスアイレスから南アフリカへ飛ぶ。
前回の旅で泊まった宿も変わらず営業していた。
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そのときは、約2週間宿泊して、宿でクリスマスパーティや年越しを楽しんだ。
クリスマスには、宿のオーナーさん宅にも宿泊者全員招待していただき、
たくさんの料理を振る舞っていただいたのも贅沢で嬉しかった。
そして、宿でみんなで開催したクリスマスパーティでは、はしゃぎすぎて時計を落下させ
壊してしまい、謝罪&弁償したのも苦い思い出。
年越しの際には泥酔したこともなんとなく覚えている。
自分の当時の若さと、それからの一応の成長を感じることができる宿(笑)

宿に入り、写真の飾られた掲示板を見ると、当時から変わらず2008年クリスマスの写真が飾ってあることに興奮した。

日本人女性のオーナーさんに会うのも楽しみだった。

オーナーさんとは別に、宿には管理人さんがおり、掃除や宿泊者の対応などを行っていて、
オーナーさんは週に1度くらい、メンテナンスなどの用事で訪れる。

たくさんの日本人が訪れる宿で、6年も前に泊まったので、オーナーさんは覚えていないだろうと思い、
オーナーさんが来て、挨拶を交わしても、6年前に来たことは話さないでおいた。
一方的に懐かしいな、変わっていないなとしみじみ感じた。

この宿は、首都ブエノスアイレスの「別館」と、パタゴニア地方の最南端にあるウシュアイアに「本館」があり、
「本館」の前オーナーは、現オーナーのお母様。
旅行者のあいだではちょっとした有名なおばあさんのオーナーさんで、僕も本館を訪れた2009年1月にお会いすることができたのだが、
残念なことに2010年にお亡くなりになられてしまった。
今は現オーナーさんが別館も本館も経営しているだが、離れている二つの宿を経営するのは、なかなか大変そうだ。

そんなことを思い、メンテナンスに来ていたオーナーさんをボーっと見ていたら、
なんと、オーナーさんのほうから、
「あなた、前にウチに来たことあったわよねぇ?」
と声をかけられる。

アレルギーで肌が荒れていたため、ニット帽をかぶり、当時はしていなかったメガネをしていたのに、
6年前に来たいち旅行者を覚えているなんて!!
あまりの驚きと嬉しさで、久々に1オクターブほど高音域の声を出してしまった。

そして、さらには、時計を怖し当時の管理人さんに怒られ弁償したこと、クリスマスのホームパーティのこと、
年越しをした後すぐにパタゴニアへ向かったことまで覚えてくれていた。
その時期に同じく宿にいた他の旅行者のことは、僕でさえ忘れかけている人もいたのだが、
つい先日のことのように彼らのこと話しはじめる。
1,2年前ならまだしも、6年前の数日間しかいなかった・・・そしてもう一度来るかもわからない、というか、
普通はもう来ないであろう地球の裏側に帰っていく旅人たちを覚えているなんて・・・

本当にすごい方だと思ったし、僕は自分から声をかけないでおこうと思っていただけに、
嬉しくてたまらなかった。


そして、なんと、
翌日には、僕が弁償した時計がしっかりした時計だったから、お礼にと、
アルゼンチンの有名なチョコレート店「マムーシュカ」のチョコをプレゼントしていただいた。
感激すぎる。
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いただいたチョコレートと、歴代の旅人たちの写真が飾られた掲示板



そして、さらに驚くことに、

このオーナーさんと会った次の日にはなんと、時計を壊した際に僕を怒った当時の管理人さんが日本から泊まりにくるという。
これまたなんという偶然。嬉しいような逃げたいような・・・(笑)
旅の中での偶然には、奇妙で運命めいたものを感じることが少なくないのだが・・・これには本当に驚いた。

ちなみにその管理人さんとは、2008~2009年の年越しの後、2009年7月にインドのバラナシで皆既日食を見た際に、
バラナシの喧騒の中でバッタリ再会したという数奇な関係でもある(笑)

オーナーさんとは思い出話に花が咲き、アレルギーだった僕の心配をしてくれ、お医者様も紹介していただいた。
次の日には、元管理人さんとも因縁(笑)の再会を果たし、今回はただ通過するだけの予定であったブエノスアイレス滞在に、
花が添えられた。


2度あることは、3度ある。



僕はまた、南米に帰ってくるのかもしれない。




2009年年初 弁償した時計と共に・・・
P1031107.jpg




アルゼンチン ブエノスアイレス 5.9~5.13

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原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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