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  2. 2010年03月

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旅人からの手紙

昨年12月、突然、エアメールが届いた。

ポルトガルの首都リスボンからの手紙だ。

差出人は、トルコ・イスタンブールで会った旅人。

懐かしさが込み上げる。

無地のハガキに余すところなく丁寧な文字が書かれている。


ポルトガルに着いたという。


そうだった。彼は、トルコの首都から西へ進み、ヨーロッパを周遊、ポルトガルを目指すと言っていた。

しかも自転車で。

いわゆる、チャリダー(※)になるということだ。(※自転車で旅をする旅人のこと)

それまで、ふつうのバックパッカーとして旅をしてきた彼の挑戦だった。

ちょうどその時、同じ宿に、完全に自転車で旅をしているチャリダーがいて、彼は熱心に話を聞いていた。

東京の赤坂で料理人をしていた彼。

彼の作った卵焼きには驚いた。プロが作る卵焼きは、こうも違うのかと驚いたことを覚えている。

それから、僕が彼と接した感じでは、少し繊細そうな、それでいてとても心やさしい、年上だけど少しかわいい感じの印象の人。

その彼がチャリダーなんて、とても・・・という印象を持ったのも、正直な話だ。



しかし、その彼が、無事にポルトガル・リスボンに着き、ヨーロッパ横断自転車旅行をやり遂げたという。

偶然にも、僕が帰国した日と同じ9月28日に。

約4000kmの距離を、5カ月かけて・・・。

また、同時に、ユーラシア大陸横断のゴールでもある。

そのゴールであるポルトガル・リスボンに着き、約3カ月が経つという。

その土地で過ごすうちに、ポルトガルの料理に興味を持ち、また旅の資金を稼ぐため、ポルトガルで飲食の仕事につけるようにビザ問題などと奮闘しているという。


以下は、彼からの手紙の一部です。


「旅のために仕事を辞めて日本を出た自分、そしてその旅を一時停止してる自分・・・

そこにいたのは社会人でもない、旅人でもない、まっさらな自分・・・。

何にも属さない、何物でもない自分に、ただただ不安や焦りでいっぱいだったとき、久々に諒二君のブログを見ました。不器用で露骨で体温のある諒二君の文章と、アフリカ・インドでの著しい成長に、本当に感化された!

まだまだ先は長いけど、諒二君のゴールは俺にとって大きな励みです。

メールでは伝えられないほどの感激を受けたので、筆を取りました。」



嬉しかった。

いや、救われたと言っても過言ではないくらいの気持ちだった。

帰ってきてから、病気をはじめ、人生を変えるほどの衝撃の大きい出来事が多かっただけに、このときの僕はかなり心が弱っていて、自分が世界一周をしてきたことさえ、信じられないほどだった。

自分の旅はいったいなんだったのか?なんの意味があったのか?意味がなかったのではないか?
成長なんてしていないのではないか?

ぜんぜん強くなんかなっていない、それどころか弱くなってしまったのではないかと・・・

旅を否定する気持ちさえあった。

ブログなんて書く気になれなかったし、とにかく人と会いまくって、元気をもらって、なんとか人に寄りかかりながら立っていた。


そのときに遥か遠い国から届いた一通の手紙に、僕は思わず泣いてしまった。


でも、誰かが自分のことを考えていてくれて、認めてくれていたことが嬉しくて・・・

せっかくたくさんのことを学んできた旅を否定しようとした自分が悔しくて・・・



彼とは、一週間足らずしか一緒にいなかったし、離れた後も、頻繁にメールをしていたわけでもない。

それでも、この手紙で、また彼とつながることができたし、本当に助けられた。



こんな手紙を出せる彼は、本当に素敵な人だと思う。

メールでも、電話でもない、無地の葉書にびっしり詰まった小さな彼の字が、本当に温かかった。


僕は、その後、感謝の気持ちを、2枚の便せんに乗せて、彼の元へと送りました。





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旅人との別れ・・・

日本に帰国して、早5か月が経つ。

帰国後は、旅の間と同じくらいに、本当に様々なことがあった。


その中でも、一番衝撃的だった出来事。

それは・・・



旅で出会った旅人の死・・・。



日本に帰ってきて、二か月が経とうとしていたとき。
突然の知らせだった。
前回書いた、サルバドールのカーニバル、みんなで太鼓を叩いたナタカトシア。
その時の、仲間だ。

旅先で、ではなく、日本でのことだ。

彼と僕とは、地元が非常に近く、地球の裏側ブラジルで、地球の裏側の地元話に花が咲いた。
太鼓のパートリーダーとして、苦労しているときに、いつも手伝ってくれた。
年は彼の方がいくつも上で、ものすごくおちゃらけた性格でいつも冗談ばかりの彼だが、太鼓の練習のときは、僕をリーダーとして、とても低姿勢で接してくれた。大人だと思った。

カーニバル後は、数回メールのやりとりをした程度だった。
帰国後、一度、会うチャンスがあった。
カーニバルのメンバーでの再会のとき、僕は退院直後だったため、終電で帰った。
彼はそのあと来たという。

日本での彼は、どのような感じだったのだろう。
いや、彼は、きっと、旅で会った印象のままの彼だったのだろうと思う。


告別式は地元が近いだけに、僕も訪れたことのある斎場だった。
彼を近くに感じた。
同時に、初めて実感が湧いてきた。

カーニバルでのメンバーも参列していた。
みんな、旅でのボロボロの格好とは一転・・・
まさか、こんな形で再会するとは・・・。誰もがそう思っただろう。


斎場の片隅には、彼の旅の写真、旅で着ていた見覚えのある擦れ切れたTシャツ・・・


彼は3年も旅をした。
僕はそれをそこで初めて知った。
普通、旅人と出会うとき、旅の期間や、どこをまわってきたのか、必ず聞く。
カーニバル直前、練習のまっただ中に出会った僕は、彼とそういう話はしなかった。
バカみたいな絡みと、一緒に太鼓を叩いた、それだけだったように思う。

そこで初めて知ったことがもうひとつあった。
手紙・・・。
彼が両親に宛てて出していた手紙だ。
それも・・・数枚ではない。何枚あったか覚えていないが、かなりの数の手紙・・・。
最低でも新しい国ごとに書いていたのではないかと思う。

僕は、両親にそんなことをしていない。
電話やメールは定期的にしていたが、手紙は・・・。


なんて優しい人だろう・・・。

素直にそう思った。

どの手紙も、ハガキから字がはみ出してしまうほどにびっしりと・・・。

ご両親はどんなに嬉しかっただろう。

なんて素敵なプレゼントだろう。



アルバム5冊ほどに収められた旅の写真・・・。
3年も旅をした彼が撮った写真の、ほんの一部だろう。

写真の中の彼が楽しそうであればあるほど、悲しくなってしまう。
そして、もっとたくさん話を聞きたかった。




後日、彼の書いていたブログを見た。

旅の中での楽しそうな彼や、日本に帰ってきてから苦闘しながらも頑張っていた彼を知った。

すごくプラス思考で、明るく、そしてやはり、家族のことを書いている文章からは、本当に家族が大好きな、心の優しい人なんだと思った。

こういう場で私見を述べるのはよくないと思うので書かないけれど、彼の人生は、僕にたくさんのことを考えさせてくれた。

ブラジルでは特別仲良くさせてもらっていたわけではないけれど、明るくおちゃらけていて、でも本当に優しく気の遣えるキャラクターは、誰にでもすぐ理解されていたと思う。

告別式の後、「ここに彼がいたらこんなことおかしなことを言うだろうね」「ここに彼がいたらこんな行動をするだろうね」と、みんなで笑った。
ムードメーカーな人は、そこにいなくても、そのままなんだなと思う。



最近、久しぶりに彼のブログを見に行ったら、驚いたことに、お兄さんが、彼の書きかけていた記事の更新を行っていた。

彼自身が書いたブログの記事は、文章の途中で終わっていた。
日本に帰国後、本当に忙しい中でも、携帯電話で記事を作っていたようだ。
通勤電車の中や、仕事の休憩時間に書いていたのだろうか・・・。
それをお兄さんが、ブログで更新していた。

本当に家族への愛が感じられる文章だった。


そして、その後、お兄さんが、彼がいなくなってしまったときのこと、その後のことを書いていた。
やはり切なく哀しいものだったけれど、とても勇気のいることで、お兄さんも彼のことが大好きだったのだと感じた。


それを読んで、僕は、また彼のことを深く思い出し、今回記事を書くことにした。


まだまだ彼のブログをすべては読み切れていない。

僕自身がそうであったように、彼も長い旅の中で、きっとたくさんのことを学んだのだと思う。


彼の人生が僕に教えてくれることは、たくさんあると思う。

もう彼の言葉を聞くことはできないけれど、彼が旅を通して遺した言葉たちに触れて、それを自分なりに考えて、感じて、自分の考えと混ぜ合わせて、彼のことを忘れずに生きていきたいと思う。








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カーニバル本番・バーハ本会場編

前回は、「カーニバル本番・ナタカトシア編」でしたが、今日は、「カーニバル・バーハ編」。

カーニバル期間は1週間。
しかし、ナタカトシアでの演奏は毎日するというわけではなく、1日演奏したら、1日はカーニバルを観に行く(っていうか、正しくは踊り狂いに行く)という感じ。




ナタカトシアで演奏をしたのは、サルバドールの町の中心部あたりだが、このカーニバル期間、一番人が集まり、メチャクチャに盛り上がっているのは、バーハ会場。
子供からおばあちゃんまで、みんな踊り狂っているのが、バーハ会場。
盗難や、乱闘騒ぎが起こるのもバーハ会場。

実際、何度も乱闘を目撃した。
暴れて捕まえられた輩が連れてこられる警察のプレハブみたいなとこの前に立っていたら、5分に1人くらいのペースで、連行されていた。
中には返り血を浴びている人も。。。

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左に見えるのが見回りの警察隊。
そこら中にいる。派遣でも雇ってるんじゃないかというくらいにとにかく警察の数が多い。
警察は必ず4人1組で行動。
おそらく、1人で見回っても、返り討ちに合うだけだからなのだろう・・・



・・・さて、きなくさい話は置いといて、

丸腰でバーハ海岸へ
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↑これは、いつもののどかなバーハ海岸

バーハの会場では、
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「ブロコ」と呼ばれるチームで、トラックから大音量で音楽を流し海岸沿いの道をひたすら進む。
そのまわりで、人々はひたすら踊る。



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要するに・・・「街がクラブ」、「善良な市民が全員パーティーピーポー」な状態なわけです。

流れる音楽は、思いっきりサンバだったり、電子音だったり、ブロコによって違い、好きな音のブロコのまわりで、みんな踊り狂うわけです。


ちなみにこちらは、街の中心部方面↓

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ま、どこへ行っても、人だらけなわけです。
さすがは、世界三大カーニバルのひとつ。(正確には、リオのカーニバルだけど・・・)



そんでもって・・・

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空が明るくなるまで踊り狂うわけです。
はい、朝までノンストップなわけです。


こちらは、カーニバルの大鳥のオルドゥン。
サルバドールでメチャクチャ有名なチーム。

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ナタカトシアも、初心者が大半という中で、なかなかの演奏ができたけど、やっぱりこの人たちはプロだなぁと思った。
キレが違う。っていうか、音そのものが違う。
ナタカで叩いてるときも気持ちいいけど、プロの音はやっぱり気持ちいい!
っていうか、すっかり太鼓の音にハマってしまった。。。



P2263368.jpg

冷めやらぬ熱気の中・・・

ものすごいスピードで現状復帰。

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このように、もともとは、ふっつうの海岸沿いの道ですからね。。。

おかたずけ、ごくろうさまです。ありがとうございます。


この、サルバドールでの1か月間は、1年間の世界一周の旅の中でも、ほんとうに異色で濃い時間だった。
仲間と何かを作り上げるなんて、旅の中ではなかなかできない。
もともとは、みんな他人、みんなが旅人。
でも、終わった今は、みんな仲間。

太鼓は初心者だったし、パートのリーダーだって、社会人以降は下っ端だからあまり経験なかったし、たくさんのよい経験をさせてもらった場所だった。


カーニバルが終わり、一人また一人と、宿を去っていく。
みんなまた旅人へと戻り、それぞれの旅へと戻っていく。
日本での再会を誓いつつ・・・


そして、僕もこの直後、地球をぐるっと半周して、一気に、中東のイエメンへと飛んだのでした。


以上で、2009年2月ブラジル・サルバドールでのカーニバルリポート、完結です。


これからは、旅から帰ってきてからのこと、気ままに書いていきます。




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カーニバル本番・ナタカトシア編

書かなくちゃあ!!

ちょっといろいろと忙しく・・・
また更新が止まっておりましたが、やっぱりしっかり書いておかないと・・・


さて・・・

ちょうど一年前に この道を通った夜~
昨日のことのように 今はっきりと思い出す~


そうです。
もうあれからちょうど1年が経ちます。
早いような遅いような・・・



今日は、カーニバル本番の模様を!!


2009年2月2日から、約1カ月練習してきた日本人太鼓チーム「ナタカトシア2009」。

いよいよカーニバルへ出陣!!


と思いきや、実は・・・

カーニバル当日の昼間・・・


私は・・・
P2243093.jpg
どろよい

してました・・・。

トランプに負け、さんざん飲まされまして・・・

うぅ・・・

気持ち悪い・・・


“気持ち悪いつながり”で・・・
コピー ~ P2243126

コピー ~ P2243100

メイキャップ☆してもらいました。

うぅ・・・気持ち悪い・・・(別の意味で)


忌野清志郎か!!

(このときはまだ清志郎さんご健在でした・・・)


そしていよいよ「ナタカトシア2009」出陣!!


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さすがに本番はシャキッと。


本陣である、「なお宿」前よりスタート!!

太鼓を叩きながら、前進し、町の中心部へ

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街の熱気がいつもとは全く違う。

さすがはカーニバル!!

僕たちは、素人が多いし、地元のチームに比べたら、演奏もうまくないのに、みんなノリノリで楽しんでくれてる。



太鼓叩いてる写真はあまりないので・・・
(あるんだけど、まだもらえてない・・・。またいつかUPしようかなと・・・)


途中の小休止中の写真を・・・

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こどもたちもたくさん寄ってきては、楽器を叩く。
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自分が太鼓を叩いているから、写真が少ない&音や熱気は写真や言葉じゃ伝えられないのが、残念・・・。

このときの、瞬間たちは、それこそ、“ここにしかないもの”だったように思う。

正直、形がないものだから、うまく伝えられないけれど、動画や他の写真も、手に入ったら、いつかまた載せたいと思う。
(本当は入手してから更新を思っていたけど、次の更新がいつになるかわからないので、更新しちゃいました。)


僕の中では、確実に、世界一周で一番“楽しかった場所”は、ここでした。




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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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