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  2. 2009年03月

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シバームとコーカバン ~スーラもあるよ!!~

シバームとコーカバン

本日も、サナアから1時間程度の近郊を日帰りで観光。

シバームとコーカバン。
なんだか童話とかディズニーのキャラクターにいそうなタイトルだけど、これらは二つの町の名前。
そして、この二つの町は、いつもセットで呼ばれる。
その理由は、シバームとコーカバンは約350mの崖の上と下に位置する双子都市だからである。


シバーム
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奥に見える崖の上にコーカバンの町がある。

崖の上のコーカバン、崖の下のシバームである。
そして、軍事担当のコーカバン、商業担当のシバームでもある。
崖の上のコーカバンは、町自体が崖の上にあり、町の入り口には、頑丈な城壁と門があるため簡単に侵入できないようになっている。
崖の下のシバームは、町の周辺に広大な畑が広がっており、収穫物に恵まれている。
そのため、食料が容易に確保できるシバームは、昔から外敵に狙われやすかった。
そして、敵に攻められるたびにコーカバンへと上がり、篭城し、難を逃れてきた。
逆に、コーカバンは崖の上にあるため、食料の自給自足は難しく、シバームの作物を糧としてきた。
要するに、この2都市は、お互い持ちつ持たれつの関係であったのだ。


この2都市間は、車道が整備され、車で行くことができる。
が、2都市間の距離を体感するためにも、徒歩でシバームから、コーカバンへと行ってみることにした。
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2600mほどの標高だが、350m程度の高度差だから、簡単に登れるかと思いきや、この道がメチャクチャきつい。
南米の旅では、富士山より標高の高い町で寝泊りし、トレッキングも何回かこなし、高山病にもならず全くつらさも感じなかったが、この名もなき道に完全に負けた・・・。

中東の暑さと日差しはすごい。
さらに、非常に乾燥していて、とにかく砂っぽい。
すぐに日焼けするし、すぐに砂が纏わりつく。
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後ろに見えるのはシバームの町。


何度も休憩しながら、コーカバンの入り口に着く。

やはり高い城壁に、狭く厚い門が待ち構えていた。
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町並みは、イエメンの建物にしては、地味な建物が多く、静か。
やはり、買い物はシバームへ行くことが多いためか、町にもあまり活気がない。


コーカバンP3041112.jpg
ご覧の通り、断崖絶壁に位置するコーカバンの町。
これではさすがに外部からは侵入し難い。

崖の上から、シバームの町を見下ろす。
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一面に広がる砂漠と、砂色の町が、一体化している。

遠くには、次に目指す町、スーラが見える。


というわけで、来た道を下り、久々にバイクタクシーに乗り、スーラの町を目指す。


スーラ
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シバーム、コーカバンから約9キロ離れたところにある丘の上の町。
町の背後にそびえる岩山が象徴的な町。

町の入り口に着くと、一人の女の子が、写真を撮らせてくれた。
さらには、お父さんと、お母さんにも会って欲しいから、家へ来いという。
ここは外国、危険な中東、知らない人にホイホイついていくもんじゃない。
でも、かわいい女の子が誘ってくれてるんだからいいやぁ。
行っちゃえ行っちゃえ。

家に入ると、真っ暗で足元も見えない階段を登り、部屋に招かれる。
部屋の奥からお父さんが出てきてご挨拶。
その子の姉や妹ともご挨拶。
温かいシャイ(紅茶)を出され、もてなされる。
そして、商談開始!

・・・やっぱりそうか。
気づけば部屋の床になんだかよくわからない石や布が並べられ、それを手に取らされている自分がいる。
丁寧にシャイのおかわりまで、注がれている。
・・・やっぱりそうか。

与える文化を持つイスラムの国だし、ちょっとご飯でもご馳走になれるかななんて思って女の子にホイホイついていったけど、やっぱりこの流れね。
ちなみに女の子とは、小学校低学年くらいの、カワイイ女の子。
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さて、一通り話を聞いて、早めに退散しますかね。
とはいえ、もうここは敵の城の中。
いわゆる四面楚歌ですな。
りょーじはにげだした。
しかしまわりこまれてしまった!
そう、しかもここからがしつこいのだ。
1枚20円くらいの絵葉書を買うと言っても、親父さんは高価な石をすすめてくる。
高価な石を断ると、すかさず一番上の姉が細かい刺繍が施された布をすすめてくる。
僕をこの家まで連れてきたキャッチの女の子は、ただただ僕に微笑みかけている。
さらにお母さんは、被っているイスラムのベールから目だけでプレッシャーを与えてくる。   
ちっ、この家族、かなり出来る。
しっかり分業してやがるぜ。

でも買わない!
自分に言い聞かせる。
買ったら、ダメ、ゼッタイ。

断り続けること1時間弱。
やっと親父さんが折れ、お母さんの熱視線が弱まり、キャッチの女の子が少し寂しそうな顔になる。
シャイまでご馳走になって申し訳ないけど、そろそろ帰りますかね。
と、腰を上げる。

「・・・じゃない」
ん?
「幸せじゃない」

一番上の姉の声だった。
でも、買わないと決めたから、ここはきっぱりと断る。
「ごめん。いらない。買わない。」
「それだと、私は幸せじゃない」
「いや・・・、でも買わないから」
「いや、それだと、私は幸せじゃないから」 

上げかけた腰はいつの間にか再び床に張りつき、姉の鋭い眼光によって床に縛り付けられた。
そして、上記のくだりを繰り返すこと約10回。
最初にあれだけ押し売ろうとしていた親父さんが、引こうとしない姉を真面目に止めに入ろうとしている。
しかし、親父さんも威圧され止められず、顔が引きつっている。
そんな親父さんの姿、姉の全く変わらない表情と繰り返される同じ言葉に笑ってしまった。
笑わせてもらったら、お金を払うという僕の自分ルールが発動し、布を一枚購入・・・(約500円)。

その後は、記念撮影会&キャッチの女の子が、町中を丁寧にガイドしてくれた。
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ちなみに布を一枚買って、話がまとまった後も、姉は僕に対して布売りの営業をし続けた。
その粘り強く貪欲で、あえて空気を読まない営業スタイル、見習わなくては。
注: 写真一番右がトップセールスマンの姉、やはりまだ心なしかブスッとしている。

この家の屋上に上ると背後に岩山が。
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ここでもパチリ。


さて、やっとスーラの町に解放され、女の子とともにスーラ観光。
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町のどこにいても、岩山が見える。
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シバームやコーカバンとはまた違う町並み。
他の町よりも少し背の高い家々が並び、少し日が陰った路地は、独特の雰囲気持っていた。

ガイドをしてくれた女の子が丁寧に場所を説明してくれて、帰りは最初に出会った門まで見送ってくれた。


サナアからは、もう1ヶ所、日帰りで行ける観光地があるという。
次は、その町へ行ってみようと思う。



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ワディ・ダハール観光とイエメンのイケメンたち

サナア近郊のワーディー・ダハルへ

ここにはかつてのイスラム教の王(イマーム)が別荘として使っていた、「ロックパレス」がある。

サナア市街からロックパレスまでは、車で40分程度だが、サナア市街を離れると一気に景色が変わる。

大きな岩を切り崩したような黄土色の巨大な渓谷が眼前に広がる。
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「渓谷」と表現してしまったけれど、川が見えない。
なぜなら、ワーディーとは、涸れた川を意味するからだ。(涸れ川によってできた周辺の谷もワーディというらしい)
イエメンは、一年を通して、降水量が非常に少ない。
しかし、年に数回、大雨が降ったときには、このワーディーから谷に一気に雨水が流れ込む。
そのため、涸れ川と呼ばれているのだ。

この谷の底に、ロックパレスがある。


ロックパレス
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巨大な岩の上に、建てられているかわいらしい建物。
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内部はたくさんの出窓があり、のような部屋もある。
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王はここで、家臣や来訪者たちとカートをやりながらくつろいだのだろう。
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■イエメンおもしろ文化

イエメンで町を歩いていると、イエメン特有と思われる変わった文化が目に付く。
その一部を紹介!

・カート

まず、上でさりげなく出てきた「カート」について。

イスラム教では飲酒が禁じられている。
もちろん麻薬も。

そんなイエメン人たちの嗜み、それがカートである。

カートとはアカネ科の植物のことで、これを噛むことで出るエキスが、軽い神経興奮作用があるという。
いわゆるナチュラルドラッグだが、麻薬ではないし、依存性もない。
至るところで、仲間同士で座って輪を作り、カート片手に、ああだこうだ語り合っている。
禁酒の文化がないところでいう、お酒のようなものだろう。
あ、「カート片手に」の表現はちょっと間違っていました。
「カート片頬に」、といえばいいのだろうか・・・
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こんな感じ。
こぶとりじいさんかいな!

これで、真面目な顔で街を歩いていたり、真剣な顔で真剣な話とかするから面白い。
しかもたまに黄緑色の練り物が口の中から見えるし。
おまえはナメック星人か!

ほんとに凄い人は、膨らみ具合が尋常ではなく、「あんた、ほっぺたに赤ちゃんできちゃってるだろ。」と思うくらい。

はい、すいません。話盛りすぎました。


僕も試してみたが、苦いのと、頬に貯める前に飲み込んでしまい、効き目は感じられなかった。
かなり長時間、写真のように頬に貯め込みながら新しいものを噛み続けていないと効果は出ないらしい。
僕はお酒でいいやぁ。
あ、イスラム圏はお酒ないんだった。
(売っている国もある)



・手をつなごう

イエメンの町を歩いていると、時折見かける光景。
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まさか・・・そっち系?
男同士で手を繋いでいる人たちを見かけるのだ。
写真を撮る際も、離さない。
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しかし・・・ゲイという雰囲気でもないし・・・
これもイエメン特有の文化・・・なのだろうと思う。
この文化、日本に持ち帰って流行らそうかなぁ~
男性の方、待っていてくださいね☆



・ジャンビーアとターバン

イエメン人男性は、頭にはターバン、腹には刀を差している。
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↑この人はすでにカートもやってますね。


ターバンはイスラム圏であれば、結構巻いている国は多いらしいのだが、ジャンビーアはイエメン特有。
現代で、国民の大半が刀を差しているのは、ここイエメンだけではないだろうか。

ジャンビーアを身につけるイエメン人男性は、行動規範があり、自らを律する力を持つ、一人前の男としての証である。
刀を抜いたからには必ず相手を倒さなければならない。
当然、軽々しく抜いてはいけない。 

りょーじはターバンを装備した。
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「ぼうぎょ」が5あがった。
「かっこよさ」はもうこれ以上あがらない。
っていうか、おいちゃん。言ってるそばから軽々しく剣抜いちゃったね。

ターバンは、国や地域によって色や巻き方が異なるらしく、イエメンでは、圧倒的にこの赤白のターバンを巻いている男性が多い。
そして、巻き方は、余った布を片側から垂らす巻き方がイエメン風。

ターバンを巻き、ジャンビーアを腹に差し、ムスリム服の上からスーツの上着を羽織り、今日も一人前の男として、皆の模範として、町を歩く。
コーランの教えの通り、異教徒にも与えることを忘れず、笑顔で挨拶。
夕方からはカートをやりながら仲間と盛り上がる。

清潔なYシャツを着て、皺のないスーツを羽織り、ネクタイをキュッと締め、今日も家族の大黒柱として、満員電車で通勤。
目標を目指して、辛いときもお客様には笑顔で挨拶。
仕事後は一杯やりながら同僚らと盛り上がる。

どこの国でも、男たちは、同じように責任や誇りを背負って日々を闘っている。(女性も背負っているものはそれぞれあるけど)

イエメン人男性が、誇りの象徴として古から差している刀を、廃刀令以降、差すことができなくなった侍、現代日本人男性は、今でも静かに心の中の鞘にしまい続けているのだと信じたいし、自分がそうあり続けるべきだと、ジャンビーアを見ていて感じさせられた。

サナア近郊には、日帰りで見て回れる町がいくつかあるという。
これからは、そこを少しずつ見て回っていきたい。



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イエメン・サナア ~幸福のアラビアに降伏~

僕、イケメン。

・・・さっ、というわけで、やってきましたアラビア半島の南に位置するイエメン共和国。
今回の旅で、一番楽しみにしていた国といっても過言ではない、イエメンについに到着。
イエメンの何がそこまでよいのか?
何が魅力的なのか?
イケメンが多いから?
否!
その魅力は、これからお伝えしていきます。

さて、さっそくですが、ここイエメンは、古くから素敵なキャッチフレーズがついている。
それが・・・

「幸福のアラビア」

このキャッチフレーズは、昔、イエメンが緑が多く、収穫物に恵まれ、東西の貿易の中継地点であったことから繁栄したことに由来する。
ただ、現代においても、僕はこのキャッチフレーズは、ここイエメンにピッタリだと思う。
その理由は、これから少しずつ明らかにしていきますが、先に大きく言ってしまうと・・・
「そこにいるだけで、心が幸せになれる」
文頭に「例えば」を付け加えたら、なんだか米米クラブのなつかしい歌の歌詞にありそうな感じになっちゃったけど、本当にそう感じている次第であります。
街も、人も、文化も・・・この国はどれもが素晴らしい。

まずは、街並みから。

首都サナアの旧市街
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ここはどこ・・・
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まったく、いつの時代に迷い込んでしまったのだろう・・・
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中世のアラビア?
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お菓子の国?
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ドラクエの町の中?
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はたまたテーマパークの一角なのか・・・
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陽が暮れても
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月の灯りが夜を知らせても・・・
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心が現代から離れて帰ってこない・・・
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いっそこのまま、この街に溶け込んでしまいたい・・・
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そんな気持ちに本気でさせてくれる、このサナア旧市街の街並み。
人が住む世界最古の街として、旅行者に注目され続けている。

旧市街入り口のバーバルヤマン門
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門をくぐると商店や露店が並び買い物客で賑わっている。
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この街の中を歩いて、幸せな気分にならない人がいるのだろうか?


その幸せにさせる要素は、街並みだけにとどまらない。
もしかしたら、こちらの方が、その要因としては、大きいかもしれない。
イエメン人の人柄だ。

まず何と言っても、子どもがかわいい!!
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こどもは、万国共通、どこの国でもかわいいものだが、イエメンの子どもは、とにかく人懐っこい。
「スーラ(写真)!」と言ってみんな写真を撮ってとねだってくる。
カメラを構えると、みんな気をつけをして、顔つきも真剣になる。
ときには、年長のお兄ちゃんやお姉ちゃんが、みんなをビシっと整列させることもある。
そして、撮影終了後は、モニタチェックを忘れない。
みんなで一斉にカメラの元へ入ってきて、頭をぶつけ合いながら画面を覗き込む。
コラコラおまえら、かわいすぎるぞっ。

そして、挨拶。
みんな、外国人に対して、自分から「ハロー!」と笑顔で元気に声をかけてくる。
みんながみんな、遠くにいても、だ。
本当に感心。自分も見習わなくてはと思う。

さらに驚くのは、大人たちも同じだからだ。
挨拶、笑顔を欠かさない。

今まで訪問した他の国でも、日本に比べ、見知らぬ外国人に気さくに挨拶をしてくれる人は断然多かった。
しかし、他の国々より、群を抜いてイエメン人はフレンドリー。
地球イエメン化計画をスタートさせたいくらいだ。
ここでの“アミーゴ”、アラビア語の「友達(サディーク)」は、気持ちがいい。
話しかけてきても、強引に物を買えと言ってくるパターンも少ない。
とにかく、笑顔で「Welcome to Yemen!」とみんなが声をかけてきてくれる。

ただし、それは全て、男性に限定される。

なぜなら、ここは、中東、イスラム圏。
もちろんイエメンもイスラム教国。

女性は黒いベールに身も心も包まれているのだ。


イエメンのムスリム(イスラム教徒)女性について 
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イエメンのムスリムの女性は、アバヤと呼ばれる全身真っ黒の衣装を着ている。
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これは、イスラム教では、預言者ムハンマドが「女性はプライベート・ゾーンを隠し、近親者以外には見せないようにしなさい」と言ったことに起因する。
よって、保守的なイスラム教国では、女性は頭を含めた体を黒い布で覆い隠す。
その覆い隠す部分、程度は国や地域によって異なるが、イエメンでは、ほとんどの女性が顔も覆い隠し、外からは目だけしか見えない状態のアバヤを着ている人が多い。
一説には、イスラム教成立以前から、砂漠地帯の強い日光や砂から身を守るために着用されていたとも言われているが、宗教的な意味としては、イスラム教では、誘惑することは罪とされ、女性は女性の魅力的な部分を隠さなければならないからとされる。
また、バスやタクシーでも、夫以外の男性とムスリム女性が隣同士になることは、よくないこととされ、必ず同性同士で並んで座っている。
さらに、イエメン人女性は、決して写真にうつろうとしない。(これは多くのイスラム圏で共通)
こどもの女の子はまだ写ることがあるが、子どもの頃から写らない子も多い。
衣装や写真などは、宗派や地域、家によっても、だいぶ異なるようだ。

女性が黒い衣装を脱ぐのは家の中、家族の前でのみ。
よって、女性を外部の目から守ることができるか、というのも、家を選ぶ際の重要な要素ということだ。
女性が黒一色のアバヤを脱ぐと、その下からは派手なドレスがあらわれるという。
それを知ってから、街中で見かける黒いベール姿の女性に注目してみると・・・。
女性たちのアバヤの裾から、垣間見える服は、本当に鮮やかなものが多い。
若い女性たちの足元からは、ブーツにデニムというピチピチなギャルを想像させるようなコーディネートも見え隠れする。
見せられないとはいえ、やはり、おしゃれ心はしっかりと持っているようだ。
町中では、派手派手なドレスや洋服がたくさん売られている。
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町中を歩く黒い衣装の女性をチラっと見て、目の前の鮮やかなドレスを見る。
う~ん・・・
見えないもの、見てはいけないものは余計に見たくなる。
黒い衣装の女性を見るたび、妄想する癖がついてしまった。
もともと妄想癖はあるけれども。笑

いやらしい話をすると、同じバスなどで女性と少し距離が近くなるとき、目や手である程度年齢はわかるものだ。
しかし、ムスリム男性はどうやって女性に恋をしているのだろうか・・・
そこはよくわからない・・・。
「開けてびっくり!!」「数打ちゃあたる!!」
の世界なのかな・・・。

イエメン人女性も、美しく、心優しいと言われるが、それを実感することは、なかなかできなさそうだ。
確かに女性とも接してはみたいが、宗教上のタブーは犯してはならない。
しかし、イエメンでは、男性や子どもと接しているだけで、本当に幸せな気持ちになれる。
それだけで、十分だ。

こりゃもう、幸福のアラビアに、完全に降伏だぁ。



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アラブ首長国連邦 ドバイ ~オイルマネーの光と陰り~

サルバドールからサンパウロへ飛び、さらにロンドンを経由し、辿り着いた中東の地。
その最初に降り立った国はアラブ首長国連邦、ドバイ。
オイルマネーによって発展し、その後は石油依存経済からの脱却を見事果たし、現在まで発展を続けてきた中東における貿易・商業の中心地。
さらに近年の原油高の流れに乗って、更に発展が進んでいる超リッチな国。
もちろん物価も高く、バックパッカーには辛い国…。
しかし、なんとなくドバイという響きに憧れをもっていた僕は、そんなこの地も見ておきたかった。



しかし、ドバイに着いたとき、僕の体力はかなり消耗していた。
なぜなら、サルバドールを出る日、カーニバル後の打ち上げがあり、お酒が入っていて、さらにそのまま寝ずに出発し、飛行機内でもあまり寝れないまま、2日間移動しっぱなしだった。
さらには、ドバイの宿の高さを知っていた&到着も夜だったため、そのまま空港泊。
そして、朝、宿にチェックインをして、少し休んで市街観光をしようと考えていた。

しかし…そんな体力任せの計画は、宿に着く前に崩れ去る。
空港から5kmほどのユースホステルに辿り着くのに、なんと、5時間もかかってしまったのだ。
ローカルバスの乗り換え一回で簡単に着くはずだったのだが…

バスの乗り換え場所では、しっかり降りることができた。
そして、そこで親切な男性が次に乗るバスを教えてくれた。
ドバイにある日本企業で働くパキスタン人だった。
まわりを見渡しても、スーツを着たビジネスマン風の人が目立つ。
やはり、外国人労働者がかなり多いようだ。
その彼と一緒にバスに乗り、少し会話した後に、終点で降りればよいと僕に告げ、彼は降りていった。
そのままバスに乗り続け、すぐに着くであろうバスの終点を待つ。
まだかなまだかな。
学研のおばちゃんを待つように、待つこと……

2時間…。

確かに途中からおかしいとは思ってました。
団地や工場しかない道に入っていたから…。
でも、もうその時点では手遅れ。
降りたってどうしようもない。
結局、終点でアラブの親父たちに尋ね、引き返すことに…

パキスタン人の彼に悪気があったとは思えない。
こんな嘘ついても何にもならないし。
親切の中の間違いだったのだろう。
この地の人は彼のように親切な人が多いはず。
と、思いきや、あまりそうではなかった。
まずは、次に乗ったバスの運転手。
客が運転席横で運賃支払い中に急ブレーキをかけて、その客は後頭部からバスの階段の下に転落。
そして、その運転手は怪我をした客に向かって「俺が悪いのか!?え!?俺が悪いのか!?」と、いわゆるひとつの逆ギレ。
気の弱そうな客は「自分の責任だ」と引き下がった。
その次のバス停で、バスが停まり、乗客が乗ろうとするが、先に自分が降りていき、近くの店でコーヒー&シガレッツ。
ムシャクシャしたから休憩したらしいのだ。
10分ほどで戻ってきたものの、そのあいだ、乗ろうとしていた乗客は炎天下のもと待たされていた。
挙げ句の果てには、途中で乗ってきた同僚と運転しながらしゃべりまくり、僕が、「降りる場所に着いたら知らせてくれ」と伝えておいたのに、そこも過ぎてしまった。
もちろん、謝ることはしなかった。
疲れと暑さと砂ぼこりに加え、この仕打ちはこたえた。
炎天下を歩き、目的のユースホステルに着く。
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ドバイの宿はどこも高く、安宿でも1500円くらいはすると聞いていた。
1晩の宿泊なので空港近くの、このユースホステル(約30ドル!!)に泊まることにした。
着いたときは、まるで砂漠のオアシスに見えたこのユースホステルだったが…。
ここのレセプションも最悪。
まずやる気がない。
部屋はどこか探すが見当たらない。
実は宿泊施設が3棟あるのに、鍵だけ渡して、何も説明もしなかったのだ。
さらにはチェックインさせられた部屋が、実は空きがなく、荷物を解いた後に、移動させられる。
・・・朝9時に空港を出たのに、空港から5kmの距離にあるベッドでゆっくり大の字になれたのは、夕方15時・・・。
すでに観光する体力と気力はなく、久々のベッドの感触に、いつのまにか眠りに落ちてしまった。

翌朝、12時間の睡眠から目覚めても、なんだか張り切って観光する気になれず、近くを散歩だけして、チェックアウトすることにした。


散歩に出た空港周辺は、どこもかしこも建設ラッシュ。
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道路、高層ビル、鉄道…
日本の企業名も至るところで見かけた。
冒頭でオイルマネーによってさらに発展中のリッチな国と書いたが、サブプライムローン問題以降は、このドバイでも経済発展のスピードが緩くなってきている。
工事中に見えるビル群の中には、工事が中断されてしまっているものも多いという。

観光エリアに出れば、近代的なビル群が拝めるのだが、昨日のことで疲れてしまったのか、今日もそんな気分にはなれなかった。
やっぱり進んでいる国は好きじゃないな…
たくさんの外国企業が進出し、外国人労働者も多いから、僕が会った数人だけで、この国を決め付けてしまうのはよくないけれども・・・

一泊の滞在、観光スポットを全く見ることなく、次の国へ向かうため、郊外にあるシャルジャ国際空港へと向かった。
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シャルジャ空港は、建物の形がモスク風でおしゃれ。

またまた字の多い、パッとしない更新になってしまいましたが、次の国は、出発前から楽しみにしていた国。
いいことありますように。



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南米と惜別・・・

唐突ですが、南米大陸を離れました。
すでに何日も前に、ブラジルから飛行機に乗って・・・

では、今、僕はどこにいるのか・・・。
飛行機に乗ってどこへ飛び去ったのか・・・。
・・・の前に、南米を離れるにあたって、南米での旅を振り返り、その思いを残しておこうと思います。(自己満足で)

■南米を離れるにあたって・・・
今回の僕の旅で、一番時間を取っておいた巨大な大陸、南米大陸。
その南米を3ヶ月間旅して感じたのは、自然の大きさ。
イグアスの滝や、ペリトモレノ氷河、フィッツロイ、ウユニ塩湖、チチカカ湖、アンデスの山々、などの見たこともない大自然と対峙したときは、自然の大きさに圧倒され、自分の小ささを感じた。
これらと向き合っている時間は、その自然に包み込まれ、心が洗われるような感覚になり、普段は考えないようないつもとは違った視点から、いろんなことを感じ、考えることができた。
また、マチュピチュ、ナスカなどの大規模な遺跡や、インディヘナのおばちゃんたちを見ると、歴史を感じずにはいられなかったし、土着の文化はそのまま生き続けて欲しいなと思った。
歴史という意味では、南米全体を通して、人々の歴史には、そこに必ず音楽があったことも知った。
フォルクローレ、ペーニャ、サンバなど。
国ごとに伝統的な音楽があり、たいていの場合、そこには音楽だけに限らず、人々の伝統的な踊りや舞いが存在していた。
カポエラやタンゴ、サルサなど。
このほかにも、宗教儀式用のものもあれば、人々の娯楽としてのものもある。
これは文章や写真では伝えきれない部分だが、南米の歴史は音楽や踊りなしには語れないと思う。
そして、それが現代の音楽に埋もれることなく、現在までずっと伝えられてきており、日常的に存在していることも、音楽と人との結びつきの深さを物語っていると思う。

と、いいことばかり書いても面白くないので、南米で嫌いになった言葉を紹介。
“アミーゴ”と、“現地人の日本語”。
アミーゴは、ご存知、スペイン語の友達という意味だが、どこを歩いていても、気軽に「アミーゴ!」と声をかけられた。
親しみを込めて、呼びかけてくることが多く、最初は僕も嬉しく感じて「アミーゴ!」と応じていたが、途中から、調子のいい使い方をする現地人がとても多いことに気づいた。
物売りが手っ取り早く仲良くなるために笑顔で「アミーゴ」。
ふっかけてきて、こちらが値切ると「アミーゴ」でなんとか押し切ろうとする。
値段をごまかそうとしてきて、こちらが怒ると「アミーゴ」でなだめようとする。
「アリガトウ」、「コンニチワ」、「トモダチ」も同じような場面で繰り出してくる。
“現地人の日本語”は、日本語に敏感な日本人の性質をつつき、客を引きつけるツールとして、商売上使えるものだから、まだ仕方ないと思うのだが(でも使われると一気に信用できなくなるけど)、「アミーゴ」、「フレンド」、「トモダチ」の乱用は、どうしても受け入れられなかった。
途中から、イラッとしたときには、「NO!アミーゴ!」「NO!フレンド!」と、否定するようにもなった。
僕は、・・・多分みんなも、“友達”と、“友達という言葉”はとても大切にしていると思う。
そんな大事にしている友達という意味の言葉を、初対面でいきなり調子よく、軽々しく使われることにものすごく抵抗があった。
この人たちは、自分の大切な友達を指す場合も、同じ言葉を使うのかなぁ・・・
南米に限らずこれからも言われるんだろうけど、南米はやたらと目立つ気がした。

もうひとつついでに悪いこと編。
僕は昨年12月、ボリビアで盗難に遭った。
そのことはもうブログでも書いているから詳細は省いてしまうけど、ここでまず伝えたいのは、南米を旅する他の旅人も何かしらの被害に遭っている人が結構いるということ。
僕が直接会った人の話だけでも、バック盗難、PC盗難、カメラ盗難、歩いていていきなり襲われそうになる、襲撃され大怪我&荷物全部盗られる、バスジャック・・・という被害に遭った人がいる。
人づてに聞いた話では南米で有名な手口、首絞め強盗(首絞めて、気絶してるあいだに身ぐるみ剥がされる)に遭った人もいるという。
自分のことや、それらの話を聞いていると、みんなかなり気を引き締めて行動している。
それでも、犯罪に遭ってしまう。
防ぎようのないものもやはりあるようで、運が占める割合もかなり高いのではないかと思うし、他の旅人もそういう意見の人が多い。
とはいえ、被害に遭えば自分の責任。
他人に迷惑をかけないように、これからも気をつけなくてはいけないなと思う。

また、旅人の話つながりで、南米を旅していて、日本人の旅人についても気づいたことがある。
南米でも、日本人のバックパッカーとの出会いがたくさんあったが、僕が想像していたよりも旅人の年齢層が高いこと、夫婦やカップルが多いことが特徴だったように思う。
年齢については30歳前後の人がとても多く、一度社会に出てから、仕事を辞めてきている人がほとんどだった。
また、出発前からカップルの人たちや、夫婦が多いのには本当に驚いた。
日本人宿に泊まると、だいたい、一組はカップルか夫婦の方がいた。
新婚旅行で世界一周という人たちもいれば、お互いもともと旅好きで、という人もいる。
異文化の中で毎日いつでも一緒だし、喧嘩も増えるんだろうけど、よい思い出になるだろうなと思った。
女性の一人旅もなかなか多いが、南米に来る女性パッカーは、だいたい、これまでに東南アジアやインドなどを一人旅した経験がある人が多かった。
また、世界一周の人は、やはり西回り(アジア方面からスタート)の人が断然多く、南米はクライマックスで、すでに旅の後半という人が多かった。

という具合で、いろいろありながらも、自然や遺跡、音楽に圧倒され続けた南米での3ヶ月間。
しかし、その3ヶ月という時間は、この大陸を見て回るには、あまりにも短かすぎたと思う。
南米は広い。南米だけで1年かけて旅してもいいと思う。
アマゾン、ギアナ高地、レンソイスマラニャンセス国立公園のラゴーア、ガラパゴス諸島の動物たち、日本刀で刺せちゃうくらい近くで見れるクジラ、ピンクイルカ、アナコンダ、綺麗と有名なコロンビアのお姉ちゃんたち、伝統を守り続ける僻地の少数民族、祈祷者シャーマン・・・
行きたくても行けなかった場所、会いたくても会えなかったものは、数知れない・・・。
南米にもっといるという選択肢もあったが、どこまで行っても見たいもの、行きたいところは増えるばかりでキリがない。
そして、僕のこの旅は1年という期間限定。
決めた期間内でいかに旅をするかというのも、ひとつの課題。
そして、いろいろなものを見ておきたい僕は、残念だけど、先に行かなければならない。
次の場所へ、前へ進むことを決めた。


そして、僕が次に目指すのは中東。
何の中の、何の東なのか知らないけど、ヨーロッパを経由して、グルッと中東までいっちゃいます。

というわけで、今回またまた文章だけのつまらない更新になってしまいましたが、次回更新から、舞台は中東。
新しい旅の便りを発信していきます。

お詫びと誓い。

久々の更新。
1ヶ月も更新してなかったんですね・・・。
こんな私めのブログでも、チェックしていてくれた人、コメントくれた人、心配してくれていた人、本当はどうでもいい男と思っていた人、申し訳ありませんでした。
2月初旬から、2月の終わりまで、ブラジルのサルバドールという都市に滞在しておりました。
そして、世界最大級の祭典、ブラジルのカーニバルも、そのサルバドールで迎えました。
現在は、そのサルバドールを出発し、新たな目的地に達しています。

今日まで更新が遅れた要因も、そのカーニバルや、サルバドールでの日々と深い因果関係があり、その日々が落ち着いた今、それをブログで明らかにしていこうと考えておりましたが・・・
サルバドールを出発後、メモリカードを紛失したことに気づきました。
が、よくよく記憶を辿ってみると、宿に忘れたのではないかということで、宿に連絡。
あんな小さいもの、なくなってしまっているのではないかとかなり焦るが、数日後、幸い、宿に残った方々が見つけくれ、保管をしてくれているので、写真データの紛失は免れました。
が、取りには帰れません。すでに飛行機に乗りサルバドールを離れてしまっていたので・・・。

ブログの日記(記事)は、サルバドール滞在中から、すでに作成済みのものもあり、あとは写真を付けて更新するだけの記事が多かったのですが・・・
写真データを紛失していない以上、記事には写真をつけて更新したい、という思いから、この2月のサルバドール滞在中の記事は、後日(後回しにして)更新することにします・・・!!

わかります。
気持ち悪いのはわかります。
漫画の次の巻だけが欠けていて、一巻飛ばして読みつづけなくてはならないときのようなその感覚。
人気漫画「スラムダンク」でいえば、8巻が欠けていて、バスケ部と不良グループの喧嘩の行方がどうなったのかすごく気になるが、しかしそのまま9巻を読んでしまったときに、なぜ、みっちゃんがバスケ部に戻っているのかよくわからないその感覚。
でも、8巻を後から読んだとしても、「あきらめたらそこで試合終了だよ」「安西先生バスケがしたいです」「みっちゃん・・・ほんとはバスケ部に戻りたいんじゃ・・・はぐっ!!」などの台詞は、やっぱり感動するはず。
というわけで、自分でハードルを上げてしまいましたが、あきらめたらそこで試合終了!
後からでも、しっかりと読み応えのある日記を更新いたします。

そして、今後はまた、定期的な更新をすることを誓います。

というわけで、次回から、溜まっていた記事を少しずつ更新していきます。
今後ともよろしくお願いします。

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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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