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  2. 2009年01月

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バルパライソ ~落書き天国~

南米では治安が良いと言われるチリ。
しかし、今日行くところは怖い印象を持っていた。
というのは、旅の途中で会った女性2人組の旅行者が襲われたと言っていたのが、この町なのだ。


バルパライソ
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サンチアゴに次ぐチリ第2の都市。
そして、チリ最大の港町。

ビーニャから9kmの隣町。
行きは海岸線をのんびり歩いて行った。
そして、そのまま坂道が交差し合うバルパライソの町中を散策。


アセンソール
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急な坂道が多いこの町では、「アセンソール」という短い木造のケーブルカーが、何箇所も通っており、一気に坂の上の丘に登ることができる。


アレグレの丘からの眺め
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高台から見下ろす海は、どこでも変わらずいいものです。


サンチアゴに次ぐ都市だが、町の雰囲気は全く違う。
洗練されたサンチアゴに比べ、レトロな雰囲気を持つバルパライソの町。
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2003年には一応、世界文化遺産に登録されている。
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バルパライソとは、「天国ようなの谷」という意味らしいが、どうやら普通の天国ではなさそうだ。
なんせ至る所に、落書きが・・・
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もはや、落書き天国だ。
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ここまでくると芸術!?なのか、落書きエリアの一角は「青空美術館」と言われており、これもバルパライソの見どころの一つとなっている。
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落書き=スラムというイメージを持っていたし、さらには、落書きの絵自体もちょっと過激に見えるものが多いため、警戒しながら歩いた。


丘を下り、港に出ると、港には、多くの漁船や、貨物船、クルーズがひしめき合っていた。
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その中には、少し沖に出れる観光ボートもあり乗船することにした。
300円程度で、15分~20分。
途中、海軍の軍艦や、なんとトド(?)まで発見。
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こんなに港の近くまで・・・
いつぞや、日本で話題になったタマちゃんを彷彿とさせるポジショニング。

そんなこんなで、無事にバルパライソを歩き終え、電車で帰ってきました。
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海と夕日と2両編成・・・。
鎌倉の海と江ノ電を思い出した。


さぁて、そろそろ、次の進路を決めないと。
ここから北上して、誰もが絶景と口を揃える「雨期のウユニ塩湖」へ再アプローチか、ここから東へ進み、カーニバルへ向けて早期ブラジルINか・・・。

こりゃあまた、マヨいそうだぁ・・・。



■イースター島へ行かない!
イースター島。スペイン語でイスラ・デ・パスクア。地元民はパラヌイという。
南米を旅する旅人、世界一周する旅人の憧れの地、大人気イースター島。
そう、モアイの島である。

しかし僕はここへ行かない。
それを他の旅人に言うと、結構な確率で驚かれる。
旅に出る前から、なんとなく興味がなくて、旅中にいろんな旅人にすすめられても気持ちは変わらず。
人の意見に流されやすいのだが、なぜかイースター島については心が動かなかった。

これから、イースター島はベストシーズン。2月にはお祭りもある。
航空券代も値上がりし、島内は物価も高いという。(物価はもともと高い)
みな食料を買い込んで飛行機に乗って行く。
この島の見どころはもちろん島内に点在する、謎の遺産・モアイ像だが、行った旅人たちの話では、とにかく「人がいい、人があたたかい」とのこと。
行くと長居したくなってしまう島のようだ。

安い時期を狙えばサンチアゴから400ドル以下の往復航空券があるとか。
また、タヒチからの便も週に何便かあるという。

僕もいつか行きたくなる日が来るのだろうか・・・



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ビーニャ・デル・マル ~ビーチでビール×~

チリで楽しみだったのが、この町。


ビーニャ・デル・マル
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サンチアゴから120kmほど北西に位置する海岸沿いのリゾート都市。
サンチアゴからバスに乗ること2時間で到着。
町の中心地には大型商業施設や、高級マンションが建ち並ぶ。

ここまで洗練された場所だとは思っていなかった。
完全にビーチリゾート。

夏のこの時期のビーチは大賑わい。
家族連れ、ピチピチのねぇちゃん、ナンパ狙いの若者どもがウジャウジャ。
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俺も!!俺も!!と言わんばかりに海へと飛び込んだその瞬間、後悔・・・

ビーニャの海には、寒流が流れ込んできており、水温は低温・・・
思えば、みんな海水浴というよりは、波打ち際でパシャパシャ。
どちらかも言うと、海の雰囲気を楽しみにきている感じだった。

じゃあ、海といったらビール!!と思い、隠し持ってた缶ビールを取り出すと・・・
監視員がすかさず近づいてきて、「ダメよん」

チリでは、公衆の面前での飲酒が禁止されているとのこと。
なので、もはや砂浜と太陽で遊ぶしかなく、その結果、夕方頃には、太陽と相性の悪い僕の肌が、真っ赤になって怒り出していた。


チリといったら魚介、ワイン!!
サンチアゴでスネて食べなかった海産物。
ビーニャでは食べましたよ~!!

まずは、朝の市場へ朝イチでGO~!!
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船をそのまま屋台の代わりにして、日本の「セリ」のような声を上げて魚を販売。
(セリほどは、うるさくなかったけど・・・)
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屋台を構えて売るゾーンもあり、ここではムール貝やホタテ、エビなども販売していた。
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長い海岸線を国土に持つチリ。
さすがに魚介類は安かった。
そして、当然のように、めちゃくちゃ魚臭かった。

1キロ2500ペソ(約400円)の鮭を購入!
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そして、宿に戻り、ベテランおじさん旅行者さんに教えを請い、さばいた。
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正直言うと、自ら魚をさばききったわけではありません。
僕は完全に洗い物リーダーでした。



昼めし
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サーモン・アボガド丼(サーモンは刺身&半焼き)

間食
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しゃけおにぎり

夜めし
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寿司&サーモン丼 そしてムール貝とホタテ。

三食鮭三昧!!
味ももちろん美味!!
なんてったって、海産物が有名なプエルト・モンで獲れた鮭ですからね。



アルゼンチンでは肉三昧、チリでは魚三昧の自炊天国。
そして、両国共通で安い、ワインを嗜み、飲食生活満喫!


そんな感じで、お腹いっぱいになったところで、明日は世界遺産でも見に行きます!!


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サンチアゴ ~ポリューションをソリューションしないと!~

プンタ・アレーナスから、またまた丸2日のバス移動で、無事パタゴニアを抜け、チリの首都サンチアゴまで北上。
今まではパタゴニアにいるっていう感覚だったけれど、やっと、チリにいるという実感が湧いてきた。


チリに対するイメージ
・海産物と赤ワインが安い
・イースター島を国土に持つ
・国土が極端に縦長

サンチアゴに来て・・・

チリの第一印象
・魚とワインが安い
・スーパーが多い
・意外に物価が高くない
・ふくよかな女性が多い気がする



サンチアゴ
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人口550万人の大都市。
山に囲まれた盆地にある大都市のため、スモッグが停滞してしまうという悩みを持つ。
実際、上の写真でも奥の山が霞んでいるのは、スモッグの影響によるもの。

パタゴニアと同じ夏とはいえ、やはり赤道に近づいた分、サンチアゴは暑い!
そして、やはり大都市だけあって店の種類も店舗数が多く、物が溢れている。


過ごしやすいけど退屈な大都市をとりあえず散策


アルマス広場
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旧市街の中心にある、緑が多いサンチアゴのアルマス広場。
市庁舎や博物館に囲まれ、たくさんの人々が集う。


カテドラル
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アルマス広場に面したカテドラル。
いつもは、宗教的なことがわからず、なんとなく場違いな感じがするから、あまり入ることがない教会に久々に入ってみた。
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豪華で広い教会内。
首都のカテドラルだけあって、訪れる人の数も非常に多かった。
チリ人はカトリックの信仰心が強い人が多いという。
確かに平日の昼間であるのに、ものすごい数の人々が祈りに来ていた。
社会の教科書に登場する、皆さんご存知の人気者フランシスコ・ザビエルの木像もあった。


モネダ宮殿
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1973年に起こった、当時の社会主義政権に対してのクーデターの中心地。
当時は、空爆を受けたが、現在は修復され、大統領府になっている。
が、地下室や抜け道などがあり、要塞になっているという噂もあるらしい。


中央市場
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待ってました!!
チリの海産物!!
魚を売っているすぐ横に、簡易な食堂としつこい客引きがいて、海産物をメインとした料理を安く食べることができる。
それだけでなく、この市場内には、ちょっと雰囲気のいいレストランまである。
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ワインと共にコース料理が出てきそうなテーブル。
そして、生演奏まで披露されていた。
いままで見てきたメルカド(市場)にはない、少し気取った雰囲気だった。
そして、待ってました!海鮮料理!!
と、言いつつも・・・
食べずに帰ってきましたぁ!
だって、客引きのオヤジが、あからさまに高い値段でふっかけてくるんだもの。
ちょっと興冷めしてしまった。


サンタ・ルシアの丘
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トボトボと町を歩いていて、たまたま見つけた緑に囲まれたお城みたいな小さな丘。
かつては要塞だったというが、今は、綺麗な結婚式場のよう。
イチャつくカップルを横目に、頂上まで登っていくと、サンチアゴ市街が一望できる。
(このページ最上部のサンチアゴの画像は、サンタルチアの丘からの景色)

が、色のない建物、スモッグのかかったアンデスの山々、という面白みのない景色。
景色はたいしてよくないが、頂上に辿り着くまでの道は、森に隠れた古城を探っているようでワクワクした。
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スモッグ、スモッグと汚そうなイメージを持たれてしまうサンチアゴだが、街中には緑が多い。
中心地にはデパートが並び、小奇麗な感じだった。
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ただ、やはり都会は僕にとって、あまりおもしろみがないので、1泊で次の町へ経つことにした。



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プンタアレーナス ~マゼラン海峡夏景色~

こんなはずじゃなかった。
もっと早く脱出できる計画だった。
この果てしなき大自然、パタゴニアから・・・

ん?っていうか、そもそもパタゴニアって何?
国ではないし、都市名でもない・・・。
ちょっと、先日、ヤホーで調べてみました。それによると・・・
1520年、マゼランが、現在のアルゼンチン、チリ南部を旅した際に、そこに住んでいた先住民を、パタゴン族と名づけた。
パタはPata(足)、ゴンはGon(大きい)という意味。
そして、パタゴン族が住む土地という意味で、パタゴニアという地名がついた。
実際には、本当にパタゴン族が大足だったわけではなく、グアナコ(リャマやアルパカに似ている)の毛皮でつくった大きなブーツを履いていたので、大きく見えたと言われている。


そんなパタゴニアを抜け、チリのサンチアゴを目指した僕だったが、途中の町で足止めを食らう。
北上するバスが曜日による運行で、次のバスが3日後・・・。
高速パッカーの僕に、このロスは痛い・・・と思いつつも、予想外の出来事は、旅の醍醐味!!
のんびりバスを待ちます。


プンタ・アレーナス
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マゼラン海峡に面した南部パタゴニア最大の町。
と言っても、観光スポットのスケールの差からか、カラファテ、ウシュアイアの方が、活気がある印象。

この町で有名なのは、ペンギン営巣地へのツアー。
約300羽のペンギンの群れを見ることができるツアーだ。
が、この地で唯一とも言えるその見どころへは行かず。
内容と値段が割りに合わないというシビアな理由で・・・


プンタ・アレーナスは1520年のマゼランによるマゼラン海峡発見により、1914年のパナマ運河開通まで、繁栄した。


マゼラン海峡
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1520年にマゼランが発見し、初めて太平洋と大西洋を結ぶ航路となった。
ウシュアイアへ出入りするために通ったマゼラン海峡。
フェリーで渡った際、イルカだかシャチだか、わからないが、フェリーと並走しながらジャンプを見せてくれた。写真には撮れず・・・


桟橋にペンギン!?
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と思いきや、白黒の鳥の群れだった・・・
こんなとこにいるわけないか。
でも、ペンギン見たくらいの気分になっておいた。


町を見晴らせる展望ポイントへ行くと、世界の都市への距離が看板になっていた。
ソウル、北京・・・
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日本の都市は、なぜか東京でなく大阪。
なんでやねん!!


プンタアレーナスでは、フツーのホステルに宿泊。
THE BLUE HOUSE
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青い。まんまやん!!
1泊5000ペソ(1ドル=約620ペソ)
日本人宿以外に長居することはあまりなかったから、ちょっと新鮮。
日本人旅行者がおらず、自然といろんな国の人と触れ合う機会が多かった。
イギリス人のおじさんが毎日、ゆっくり簡単な言葉を選んで、根気よく話をしてくれ、できないながらも、英語を使う気持ちよさを久々に体感。
英語が話せれば、もっと旅は楽しくなるんだろうなぁ~。
再会の約束をしたので、英語の勉強は、それまでの宿題。
英語もっとがんばる宣言します!!


そんな感じでダラダラとバスを待っている今。
ネタも特にないので、寂しい更新でした。
次はサンチアゴからの更新になる予定です。


■南極クルーズ激安!!
パタゴニア地方に来ると、ウシュアイアから南極へ向かう旅行者も多い。
しかし、南極ツアーは高い!!
なんせ豪華客船でのクルーズですからね。
10~12日くらいのクルーズで、安くても30万円から。
グレードの高いものだと、普通に300万とかするらしい。

しかし、今年は不況のため破格になっているという。
上野山荘の綾子さんでも、今年は考えられないくらい安くなっていると言うほど。
旅人の中で話題になっていたのは、ブエノスアイレス発のもの。
ブエノスアイレスから大西洋側を下り、ウシュアイアを経由し、南極の近くも寄り、太平洋側をチリのバルパライソまで北上する豪華客船17日間のクルーズが10万ちょっとという話。
なんでも80%オフだとか・・・
まさにウルトラプライスセールですよ。

豪華客船ってどんなもんかって?
乗客は2000人くらいで、船内施設は、カジノ、プール、レストラン、バー、映画館、エステが、船内に数箇所・・・
食事は24時間いつでも食べれるビュッフェがあるという。
さらには、船内で様々なショーが毎日開催されるという・・・。
(あくまでこれから乗船予定の旅人から聞いた話ですが・・・)

憧れるなぁ~タイタニックみたいな豪華客船の旅・・・
沈没はしなくてもいいけど。
10万ちょいなんて普通に手が届く・・・
でも、今回は妄想クルーズだけにしときます。

来年からはまた上がっちゃうんだろうけど、いつかおしゃれして行ってみたい。。。
みんなで金持ちになっていこ~う!!


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ウシュアイア ~世界の果てまで会いに行きます~

悩んで悩んで悩んで悩んだ。
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迷って迷って迷ってマヨッた。
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・・・。

エル・カラファテからさらに南下して、世界最南端の町ウシュアイアへ行くかどうかを、散々迷ったのだ。
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午前3時発のバス~バス乗り換え~アルゼンチン出国手続き~チリ入国手続き~フェリー乗船~チリ出国手続き~アルゼンチン入国手続き~バス乗り換え・・・その度にバスの乗り降りをする、大変面倒くさいことで名高い20時間の移動ルート。
さらに、高額なバスチケット代。
出入国が多くなるのは、アルゼンチン・チリの国境線と道路の位置関係上、両国を出入りしないと、南部へ進めないためだ。

ウシュアイアから北上してきた旅人たちは、南端というだけで見どころは少ないと口を揃える。
さらに今後の自分の予定を考えても時間の猶予はあまりない。
そう考え、このまま北上しようと決断しかけていだが、もう1人の自分が心の中で囁く。

「あの人に会わずに引き返していいのか?」

思い返してみた。
僕は、旅の中で出会うものの中で、遺跡よりも、大自然よりも、人が好きだ。

そして、決めた。
いま会いに行きます。



ウシュアイア
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ブエノス・アイレスから南に3250km。
世界最南端の町。
南極への豪華クルーズ船が往来している。
・・・度重なるバスの乗り降りを乗り越え、ついに乗り込んだウシュアイア。
ここに会いたい人がいる。


その人がいる場所・・・
上野山荘
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日本人旅行者が、知る人ぞ知る有名な世界最南端の日本人宿。
ここに泊まるためにウシュアイアに来る人もいる。
僕がブエノス・アイレスで宿泊した“上野山荘別館”の本館にあたる。
TVでも何度も取り上げられている。
ウシュアイアでさまよっていた日本人旅行者に、警察が上野さん夫妻宅を紹介し、宿泊をさせてあげたことから、口コミで旅行者が上野さん宅を訪れるようになり、宿となったという。
2002年にお亡くなりになられた旦那さんが熱い方で、ときには旅人に叱るように様々なことを語ったことなどから、「上野大学」とも呼ばれる。
旅行者にカニ料理を振舞っていたこともあり、それが有名になって「上野亭」と呼ばれることもある。
この二つの名は、実際に表札もあり、宿の入り口付近に取り付けられている。


そして、ここの現在のオーナーさんが、僕が会いたい人、上野綾子さんだ。
宿とともに、南米を旅する日本人には大変有名な方で、旅人からは“綾子あばあちゃん”の愛称で親しまれている。

上野綾子さんと対面!
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86歳になる綾子さん。
最近はあまり体調が優れないと聞いていたが、会いに行くと、そんなことを感じさせないくらい、とても元気に話をしてくださった。
次から次へとたくさんの旅人が訪れ、綾子さんに会いに来るが、誰に対しても元気に、同じことを聞かれても丁寧に話をしてくださると聞いていた。
僕が訪れたときにも、やさしく力強く話をして下さった。
他にも綾子さんと話をしたい人がいたし、あまり体調が優れないと聞いていたこともあり、ゆっくりと話をさせてもらったのは一度だけだったが、綾子さんと二人きりで話をできたことが、ウシュアイアでの何よりの思い出となりました。


上野山荘名物・五右衛門風呂に飛び込む!!
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おっとっと。失敗。

TAKE2
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成功。
思わず「ぁあ~」と渋い声を漏らす・・・
もう自分もオヤジだな・・・
この五右衛門風呂のドカンは普通の寸胴の土管とは違い、タマゴのように土管のお腹が膨らんだ珍しい形になっている。
こんな世界の最果てで五右衛門風呂に浸かれる感動と、数々の旅人が入った五右衛門風呂にいま僕も入っているんだなぁという感慨が、同時に僕の体をあたためた。


■ウシュアイア観光へ
ウシュアイアの町周辺の観光へ出かけたところ・・・
横風で吹っ飛ばされました。
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さすが最南端!世界の果て。
とんでもない事が起きるもんだ。
という、めんどくさいと言われそうなボケはさておき・・・
真面目にやります。


ななめの木
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ウシュアイアはとても風が強い。
その強風により、木の枝葉、さらには幹までもが風に吹かれ傾いている。
風により傾き、傾きながら育ち、こんな屈折したヤンチャな木に。
注: この傾きは“かめはめ波”の衝撃波によるものではありません。
勢い余って、本当に“かめはめ波”を打ってしまった場合、木は消滅します。
クリリン氏が殺害されたときなど、気をつけましょう。


上野大学 ぶっ飛部
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僕が上野山荘宿泊者と結成した部活動。

“上野大学”とも呼ばれる上野山荘。
そんな“上野大学”には、部活動がある。
と言っても、だいたいの部は、1日~数日限りの活動と思われるが・・・。
というのは、この宿では、何かテーマ制のある写真を撮ると、宿の共有スペースの壁に「上野大学 ○○部」という勝手な部活動名をつけて、写真を貼れるようになっている。
(2009年1月現在)
一例を挙げると・・・
“ななめの木”の前で数人で、かめはめ波の格好をしながら写真を撮り「かめはめ波部」、数人でタバコを吸いながら撮った写真で「喫煙部」、裸になって写真を撮り「裸部(ラブ)」、など様々。
DSCF0754.jpg
我らが「ぶっ飛部」も、体を張った活動の成果を貼って残してきました。


★心優しい旅人へ
ぶっ飛部の写真を上野大学に貼ってきたはいいが、その様子を写真撮影するのを、忘れてしまいました。
今後、上野山荘へ訪れる方がいらっしゃいましたら、その写真を撮り、私にください・・・。
ぶっ飛部の他のメンバーも取り忘れてしまったので・・・
できれば、よろしくお願いします。



■世界の果て
世界最南端の町の、道の終点まで行きました。
ブエノス・アイレスから3079km。
アラスカから17848km。
思えば、この旅の始まりは世界最北端のアラスカから始まった。
そして、世界の果てから世界の果てまで辿り着いた。
陸路で縦断して来たわけではないが、それでも感慨深いものがある。

それを祝って・・・というわけではないが、大自然の中で、鶏の丸焼きを敢行。
薪を拾い集め、直火で丸焼きという野性的なスタイル。
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まるで漫画(笑) これぞ、ぶっ飛部。
焼くのに3時間以上かかったが、超美味だった。

最後は、キャンプファイヤーのように、派手に火をつけた。
今までアウトドアは面倒くさい派だったが、今回の丸焼きで僕のアウトドア魂にも火がついた。
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世界の果てで見た燃えさかる火炎は、いつまでも見つめ続けていたいほど力強く鮮やかで、僕の心に焼きついた。


そして、僕のパタゴニア地方の旅も、この最南端の町で終点。
(事実上の人が住む世界最南端は、チリ側にあるプエルトウィリアムスという村。上陸はしていないが、チラ見した。)
“食べると、またパタゴニアへ戻って来れる”という言い伝えがある「カラファテの実」を食べて、ウシュアイアを後にした。
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りょーじはカラファテの実をたべた。
りょーじはアウトドア魂が、5あがった。


■上野綾子さんとの時間
前もって、ある程度、下調べをしてお話をしに行った。
宿に、上野山荘と上野家の歴史を旅人たちがまとめたノートがあり、それを熟読していった。
綾子さんが毎回同じ話をしないでいいように誰かの心配りで作られたノートなのかなと思った。
綾子さんのいる部屋に「失礼しま~す」と言って入ると、大きなハリのある声で「どうぞ」と返事が返ってくる。
日本にいたときは東京に住んでいて、空襲を生き抜かれたことや、綾子さんご自身のご家族のこと、日本にお姉さんと息子さんいるが、日本に行くときの飛行機の乗り換えのしんどさ(ブエノスアイレスとアメリカ経由で長時間!!)、僕が上野山荘別館にいたときのこと(アホなエピソードを含む)や、上野山荘に来る旅人たちのことなど・・・
ほんとはもっともっと聞きたいこともあったけど、なんだかお話しているだけで、心が素直になれた。
それだけで気持ちのいい時間だった。
お体が悪いのにそれをまったく見せずに元気に話をしてくれた綾子さん、本当にありがとうございました。

■夢を持つ!!
綾子さんの部屋に飾ってある数々の写真の中で、なぜか気になる写真があったので、訪ねてみた。
そこに写っていたのは、池田拓さんという旅人だった。
なんと池田さんは、アメリカ大陸を9ヶ月、南米大陸を1年八ヶ月かけて徒歩のみで縦断するという偉業を成し遂げた旅人だった。
しかも、幼少の頃は体が弱く何年も病院で過ごし、「20歳まで生きられない」とまで言われていたという・・・。
そして、日本へ帰国後、池田さんは、故郷・山形の鳥海山を守る自然保護運動をしていたこともあり、アメリカで森林学を学びたいと志し、再び肉体労働で資金を稼いでいた。
しかし、その現場での鉄骨落下事故により、26歳という若さで、お亡くなりになられた。
池田さんについて、綾子さんは「私みたいな何もない年寄りが長生きしていて、あんなに志を持った若者がなぜ・・・」と嘆いてらした。
そのときの綾子さんの顔を僕は見れなかった。
綾子さんの悲しそうな顔を見たくなかったという気持ちも強かったが、自分が恥ずかしくなったからでもあった。
僕も・・・夢を持たなくては!!

池田さんの旅は、 『南北アメリカ徒歩縦横断日記』という本になっていて、上野山荘にも池田さんのお父さんが寄贈した本が置いてあった。
日本でも図書館によく置いてあるという。



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エル・チャルテン ~フィッツロイさんに見下ろされて~

エル・チャルテン
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エル・カラファテから220km離れた、フィッツロイ山の麓にある小さな村。
この村からは、フィッツロイ山周辺の様々なトレッキングルートへアクセスできる。
テントを持参し、食材を買い込み、入念な防寒対策をした上で、数日かけてキャンプをしながら、フィッツロイ周辺をトレッキングする旅行者も多い。
この地を、南部パタゴニア観光のハイライトと位置づける旅行者もいる。

僕は、そこまでの熱いアウトドア魂を持っていないので、村から日帰りで、フィッツロイ周辺をトレッキング。
それでも、かなりの距離を、一日で歩くので、普通にハード。
日なたでは半そででもいいくらいなのに、木々が生い茂る日陰に入ると、一気に寒さを感じる。
さらに、歩いていると暑いのに、休憩するとすぐ体が冷える。
暑いのか寒いのか・・・
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どっちなんだぁーーー!!

途中、日本庭園のようなところも。
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歩くこと3時間。
日なたを歩いていても、寒さを感じるようになってくる。
氷河の湖の近くまで来ているためだ。


トーレ湖と尖峰セロ・トーレ
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本来なら奥にセロ・トーレ山(3128m)が見えるのだが、今日はちゃっかり雲のお帽子を被っていたようで、お顔は拝見できず!!
トーレさんに見下されたかった・・・。

まだフィッツロイさんがいる!!
と、気を取り直しフィッツロイ山へ歩を進める。
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歩くことさらに3時間。
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少しずつ、それっぽい風景になってくる。


そして、ついにフィッツロイさん現る!!


フィッツロイ山(3405m)
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先住民が、エル・チャルテン=煙を吐く山と呼んだ岩峰群。
白くかかった雲が煙りに見えるから、そう呼ばれたそうで、それほど、雲がかかることが多いということでもあり、なかなか山頂を望むことができない。
アウトドアブランド「patagonia」のロゴマークのモデルにもなっている。

この日は、運良く山頂付近が晴れており、全景を望むことができた。
標高はそれほどでもないが、なんと言っても、この鋭く尖った岩山のシルエット、山頂付近にかかる白い雪、そしてそこにかかる煙のような雲・・・
近寄りがたい独特の存在感・・・。
近寄るのを許されるのは、強い意志を持ったクライマーのみ。
P1070189.jpg
ほんとに煙を吐いているかのよう・・・
この“煙”により、火山だと思われていた時代さえあったという。

そんなフィッツロイさんに見下ろされたぁ~!!
フィッツさん、マジかっこいいっす。
帰り道も、フィッツさんに未練タラタラで、何度も後ろを振り返りながら、村へと戻った。
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見返り美男図っ★


■カラ振りカラファテ滞在記

・初カジノ!!
カラファテでは、この旅で初めてカジノに行った!!
ビギナーズラックを狙ってカジノに挑戦!
と行きたいところでしたが、性格上ギャンブルに向かない僕は、カジノで遊ぶという人についていっただけでした。
遊びはしないけれど、華やかなナイトスポットのひとつであるカジノの雰囲気を感じてみたかった。
しかし、率直に言うと期待はずれ。
カジノとはもっと白熱している場所かと思っていた。
沢木耕太郎の旅行記「深夜特急」に登場する、マカオのカジノでのエキサイティングな場面のイメージを持ってワクワクして行ったが・・・
なんだか淡々としていた。全体の雰囲気も、ディーラーと客とのやりとりも
正直、白熱していて引き込まれれば、少しくらい挑戦してもいいかなぁ、と思っていたが、全くそんな気にならなかった。
カジノによって、ルールや雰囲気も違うらしいので、また、他のところで再挑戦しようかな。
次回のカジノ体験記をおたのしみに。


・珍しい日韓混合宿
カラファテでも日本人宿に泊まった。「藤旅館」という宿だ。
しかし、ここは他の日本人宿と少し変わっていて、オーナー夫婦の旦那さんが日本人、奥さんが韓国人のため、韓国人の旅行者もよく来るのだ。
実際、僕の滞在中も韓国人も日本人も宿泊していた。
以前も、日本人宿に泊まっていて、韓国人や中国人が宿泊しているのを見たことがあったが、ここはそういうのとは、性質が違った。
しかし、僕はあまり韓国人と交流ができなかった。
言葉の問題ももちろんあったが、なぜか引いてしまっている自分がいた。
そういえば、この旅の大半は日本人宿にいて、あまり日本以外の国籍の人と絡んでいない。
日本の旅人との出会いや交流も、旅の大きな楽しみであり、安全面の問題からも、日本人宿があると必ず行ってしまうが、このままだと旅の終わりに後悔するんじゃないかと思う。
もっといろんな国の人と触れ合うことで、得るものもあるんだろうなと思った。
もっと踏み出さなくては・・・そんなことを感じさせられた宿でした。



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エル・カラファテ ~氷河の最期のとき~

時はさかのぼり1月2日。
新年早々から、ブエノスアイレスは沸いていた。
今年から、通称「パリ・ダカ」で有名なダカール・ラリーが、アルゼンチン・チリでの開催となり、そのスタート地点が、ブエノスアイレスの街中になっていたからだ。
P1031086.jpg
これまでも、アフリカ諸国の情勢不安や、コースが過酷過ぎるという理由で、何度もコースの変更がされてきた。
しかし、昨年の大会前、コースに設定されていたモーリタニアにて、フランス人観光客が武装集団に襲撃され死傷者が出るという事件が起き、ついに大会そのものが中止されてしまった。
そうした事情で、今年から南米大陸へ舞台を移すことになったという。

僕が見物に行ったときは、二輪車が続々とスタートしていた。
四輪車は、夜に出発することになっているという。
ちょうど、その四輪車がスタートする頃、僕もブエノスアイレスを出た。
ダカール・ラリーの新しい歴史とともに、僕の旅は再び幕を開けた。

南部パタゴニア地方を目指し、二泊三日のバス移動。
約40時間、ぶっ通しでバスに乗り続けた。
おそらくこの旅最長のバス移動になるだろう。
最安のクラスのため、飲食物は全く出ないし、リクライニングもあまり倒れない。
が、バス移動に慣れすぎたのか、全く苦痛を感じず、バス内2泊。
さらに、経由地で乗り継ぎ便を4時間待ち、また4時間乗車。

そして、着いた南部パタゴニアの町。

エル・カラファテ
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エメラルドグリーンの美しい湖に面した小さな町。
パタゴニア地方には、珍しい動物がたくさん生息しており、地形も変化に富んでいて、さまざまなトレッキングルートが整備されている。
そのため、この町にいる観光客を見ると、かなりしっかりとアウトドアの装備をした、清潔感のある旅行者が多い。
さらに寒い土地ということもあってか、ヒッピー風の若者はあまり見かけず、旅行好きのおじ様おば様という感じの人が多い。
町自体に見どころはなく、トレッキングやキャンプなどを行う観光地への基地といった感じ。
アウトドア用品の販売店やレンタル屋も見かける。


到着翌日、カラファテからの目玉観光地、ロスグラシアレス国立公園へ。

ここには、何があるか?
スペイン語で“グラシアール”とは氷河のこと。
そう、ズバリ“氷河”があるのだ。
そして、この公園では、その氷河の崩落を目の前で見ることができるのだ。

カラファテからバスで1時間半で行ける場所に、この公園はあるという。
確かにTシャツで1日を過ごせたブエノスアイレスに比べ、カラファテは肌寒い。
しかし凍えるほどの寒さではなく、この町の近郊に氷河があることが想像できない。
それもそのはず、今、パタゴニア地方の季節は夏。
だからこそ、氷河が溶けやすく、崩落が起こりやすいのである。

湖に沿って走っているバスの窓の外を眺めていた。
氷河は突然、姿を現した。
目を疑うような景色が目の前に・・・!!
チラ見して二度見、そしてガン見へと発展する僕の眼球たち。
え!?湖が途中で止まってる!?ん?固まってる!?
僕の視線も氷河を見たまま固まる。
P1061219.jpg
まるで、湖の水をせき止めるかのように、氷河が立ちはだかっていた。
不意を突かれたのと、感動のあまり、「すげえ」を連発してしまった。
すごいものを見て感動すると、言葉を選んでいる余裕なんてなくなる・・・。


ペリトモレノ氷河P1061309.jpg
全長35km。
表面積200k㎡以上。
高さ60~90m。
氷河の最前列の幅は5km近く。
と、数字を並べてもよくわからないですよね・・・。
私の頭の中の言葉では伝えきれないスケールなんです。
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写真でも伝わりにくいかも・・・僕の腕では・・・

氷河は1日に40cm~2m動くと言われている。
崩落は、その氷河自体が前に進むことと、夏場に気温が上がることで起こる。


バスを降りて、氷河を観測するポイントに向かい歩き出すと、何やら音が聴こえる。
氷河崩落の音だ。
例えるならば、遠くで控えめに鳴る雷の音という感じ。
近くに落ちた!!と思うような大きい雷の音ではなく、少しこもったような低い音の場合が多い。
それが、氷河が崩れ、湖面に叩きつけられながら、沈むときの音だ。
小規模の崩落でも、かなり大きい音がする。

大きな崩落はなかなか起きない。
時期にもよるだろうが、この時期は1日に数回程度。
とにかく待つしかないと思い、帰りのバスの出発時間ギリギリまでの3時間居座り続けることにした。
太陽が照っていれば、暑いくらいの時間帯もあったが、太陽が隠れると一気に冷え込む。
そこに雨まで降ってくると、アラスカ並みの寒さ。(著者個人的体感温度)
雨に打たれながらも、氷河とにらめっこを続けた結果、氷河が先に折れた。
折れたというより落ちた。

ゴゴゴ・・・という崩落の前触れの音がし、その音のほうへ目をやる。
すると、最前列から、縦長の大きい氷河が下方へ沈みながらも、湖面に向かって上部から剥がれていく。
その沈みながら、ゆっくりと倒れていく様子に、地球の重力を感じる。
氷河着水!!
広く白い水飛沫が上がり、氷河がバラバラに崩れていく。
P1061337.jpg
↑焦りのあまりブレまくりっ!!

大きな氷河の塊は、そのまま氷河付近に漂い、小さく崩れた破片たちは、氷河群側を中心として、半円を描くように湖へとゆっくり広がっていく。
P1061344.jpg
これが何万年にも渡り、旅をしてきた氷河の末路だ。
そう考えると、儚い気持ちになってくる。

その後ろには、さらに何十kmにも渡り、氷河が続いている。
何時間も氷河を見つめていると、その果てしなく長い氷河が、まるで崩落の順番を待つ行列のように見えてくる。
“透明に近いブルー”というのか、薄い青の光を発しながら、じっと“そのとき”を待っているように見える・・・
P1061334.jpg
時折、氷河の最前列ではなく、奥のほうでも崩落の音が聴こえる。
氷河同士がぶつかり、重なり合い崩落が起きているのだろうが、氷河が行列に見えてしまった僕は、そこにも儚さを感じた。

氷河の最前列まで辿り着くことなく、人目のつかないところで崩落してしまう・・・
虚しく轟音だけが山々にこだまする・・・

もちろん人間の勝手な視点からの考えだとはわかってはいるけれども、氷河との長時間の対峙で、そんなことを感じた。
ちなみに、昨年、アルゼンチンで冬にあたる7月、このペリトモレノ氷河で、冬場としては始めての崩落が起こった。
深刻化する温暖化の影響も感じながら氷河を見つめ続けた・・・。
P1061361.jpg
この姿勢で3時間。
そして、このあと、風邪をぶり返すことに・・・。



■ブエノスアイレスでも崩落!?
今までの最長滞在記録を更新したブエノスアイレス。
クリスマス、年越しを含め11連泊した、上野山荘別館。
年末の更新の際にも軽く紹介したが、ものすごく居心地のよい宿だった。
そんな上野山荘別館に、僕の足跡が残っている。

クリスマスイブのこと。
宿泊者による楽しい宴の真っ最中。
ちょっと調子に乗って椅子の上に立ち上がった拍子に、壁掛け時計に肩が触れ、時計が落下し、粉々に粉砕・・・
まさに崩落・・・
やってしまったぁ~!!
宿の管理人さんの冷たい視線・・・。
ごめんなさい・・・。
一瞬にしてテンションが下がり、僕の前夜祭もここで崩落・・・

後日、時計は買って弁償。
オーナーさんはいいのにと言ってくれたけど、さすがにそういうわけには・・・。
そんなこんなで、現在、上野山荘別館には、僕が壊して弁償した時計が掛かっている。
P1021049.jpg
真面目に反省し時計を選んだので、何の変哲もない黒い時計ですが、これから訪れる方は、そんなアホなお調子者のエピソードを思い出しながら、しみじみとご覧になってください。
というわけで、クリスマスと年越しをむかえさせてもらい、時計を壊したり、サッカーのチケットを当日に当然取ってもらったり、と、上野山荘別館さんにはとてもお世話になりました。

※MIXIの上野山荘のコミュニティ内のサッカー応援の記事には、僕の撮った写真が、僕の非公表の本名とともに掲載されてます!!
よかったら、ご覧くださ~い!!


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コロニア・デル・サクラメント ~元旦からの船出~

あけましておめでとうございます。
昨年は、ダラダラとまとまりのない私のブログにお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
また、コメントや応援のメッセージを下さった方、心の中で応援していてくださった方、本当にありがとうございました。
今年もまだまだ旅は続きます。
みなさんに感謝しながら旅を続けていきます。
今年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、さっそくですが、2009年は新年早々、元旦から飛び出しました。
元旦から国境を越え、アルゼンチンからウルグアイへ渡りました。

ウルグアイ
・第一回サッカーワールドカップ開催国
・第一回サッカーワールドカップ優勝国
・見どころ少なそうな国

年末をゆっくり過ごした分、年が変わった元旦から、旅人として動き出したかった。
そのため、泊まっている宿のオーナーさんの家での新年パーティには僕だけ出席せず、ひとり船に乗り込み隣国を目指した。
(年末に風邪をひき、ウルグアイに行ける日にちが元旦しかなくなってしまったという情けない説もありますが・・・)

そんな中、訪れたのは・・・

コロニア・デル・サクラメント
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植民地時代からの、長年に渡るスペインとポルトガルによる植民地争いに翻弄されてきた歴史を持つ古都。
大西洋へとつながるラ・プラタ川を挟んで、ブエノス・アイレスの対岸に位置する港町。


アルゼンチンを飛び出したとおおげさに書いたが、ブエノス・アイレスからは、フェリーで片道3時間。
高速フェリーを利用すれば、わずか1時間で着く距離。
P1020761.jpg
そのため、ブエノス・アイレスから、デイトリップで訪れる観光客が多い。
今回、僕も“ピクニック”に行くような軽い気持ちで、僕の“テクニック”を駆使したお弁当を作って出かけてみた。

気まぐれ肉玉丼
P1010675.jpg
汚ない?
味で勝負してるんで。



コロニアの見どころは、古い歴史の跡が残る町並み。

石畳の道にくたびれた建物たち
P1020890.jpg

くたびれた建物を飾る花たち
P1020950.jpg

夜になると花を優しく静かに照らす街灯
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それら全てを見渡すことができる灯台
Copy of P1020966


建物、人、川の流れ、その全てが静かで穏やかで、どこか哀愁さえ漂うように感じられたのは、元旦で町が閑散としているからというだけではないだろう。
この町が元来持つ雰囲気がそう感じさせるのだろうと思った。
P1020806.jpg

ボーッと川を眺めたり、小さな発見を求めて散歩したり、公園のベンチでゆっくり読書をしたりと、癒しを求めてのんびりしに行くには、とても居心地のいい町だと思う。
P1020969.jpg

何があったってわけじゃない場所だったけれど、元旦から、優しい気分になれた小旅行だった。
あと、元旦から動き出した自分にちょっと満足でした。


それと、ウルグアイからの帰りのフェリーでは、美しいピンクの夕焼けを見ることができた。
旅をしていると、美しい夕焼けなど何度も観るが、やはりカメラに収めたいと思い、デッキに出た。
すると、他の乗客たちも次々とカメラを片手にデッキに出てくる。
みんなが夕焼けが出ている側のデッキへ向かい、カメラを構える。
走ってくる人もいれば、少し笑いながら楽しそうにやってくる人もいる。
すでに肩を組み合って眺めているカップルもいる。
隣で夕焼けを眺めていた人とふいに目が合い、笑顔を交わしあう…。

言葉や顔つきが違っても、やっぱり感じる心って一緒なんだな。
そして、そういうときの生き生きした顔って、人はみんな一緒なんだな。
なんてことを思い、みんなが友達のような、大げさだけどそんなことを心で感じ、幸せな気持ちになった。
盗難とか強盗とか、自分も被害に遭ったし、いろんな話を聞く。
お金や物が絡むと、いろんなことが複雑になってしまうけど、これからも人を恐れず、1人でも多くの人と、心で触れあっていきたいなと思った瞬間だった。


■年越し秘話
クリスマス同様、アルゼンチンの首都ブエノス・アイレスで新年を迎えました。
上野山荘別館では、NHKが映るので、紅白を見ながら、他の宿泊者さんが食べていた年越しそばを一本だけいただき、新年を迎えました。
P1010683.jpg
宿泊者のみなさんと「おめでとうございます」の乾杯をしたあと、僕は毛を全て剃りました。
P1010687.jpg
はい、そうです。ヒゲです。髪の毛じゃありませんです。

というわけで、昨年の毛を全て剃り落とし、また心機一転、気持ちよく、新しいスタートを切りました。

そんな私の今年のスローガンは、
「しゃかりきコロンブス」です。
"大人じゃわかんない"ような発見や感動をたくさんしていきます!

それでは今年も、お楽しみに!


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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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