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たゆたえども沈まず ~旅人の社会復帰~

今日は名古屋にいます。

この一週間は、関東と四国にいました。

出張です。

埼玉、千葉の一部、群馬の一部、四国が今の担当のエリアです。

担当エリアは6月にまた増えるので、そのときにまた書こうと思います。


そんな感じで、無事社会復帰を遂げ、仕事に没頭しています。

なので、今回は、私が社会復帰を遂げたまで、を振り返ってみようと思います。




僕は9月末に帰ってきて、すぐに病気になってしまったため、就職活動は1月下旬から始めました。


まずは、結果の集計です。

書類応募 22社
書類通過  4社
面接    3社
内定    2社


とにかく数字としても感覚として感じたのも、書類通過率が格段に低い。
前職の退職から、旅へ出て、帰ってきて、体調が戻り就職活動を始めるまで、1年半。
つまり、離職期間1年半。
ようするに、ニート歴1年半。

楽しかったなぁニート生活。
このままスナフキンに弟子入りさせてもらおかと思った。

さて、僕の再就職活動ですが、
親切な知り合いのツテで、就職支援会社のエージェントさんを紹介してもらうことから始まりました。
自己分析、面接対策等、とても助かりました。
ただ、ここで紹介していただいた求人からの結果だけですと・・・


書類応募 18社
書類通過  1社
面接    1社
内定    0社


という散々な結果となりました。

とにもかくにも、「離職期間の長さ」が足を引っ張りました。

これに関しては、さすがに少し落ち込むこともありました。
最初の17社、17社連続で落ちたのですから。
さらには、病気の影響で脱毛が始まっていたこともあり、ちょっと厳しい時期でした。

ま、でもすぐに切り替えることができました。

自分で応募した会社は4社。
書類通過3社
面接2社
内定2社。

すごい打率でしょ。イチローくんもビックリ。

新卒の時から面接は苦手ではなかったので、頑張れたと思います。



面接では、海外放浪で、何を目的に行き、何をしてきたか、何を得てきたのか。
を聞かれます。
そのほかにも書類応募をし、書類通過する前に、同様のことを聞かれたこともありました。

帰国した旅人がよく言うのは、
そんな質問に対する答えなんか、はっきりいって、面接なんかでは伝えられない。
理解してもらうのが100%無理。

僕もそう思います。

バックパッカー達からしてみれば、そういった質問自体がナンセンスなのです。
僕が日本に帰ってきて、一番、「日本」を感じたのはここでした。

それ以外のことにはうまく答えられても、この質問は深く突っ込まれれば突っ込まれるほど追い込まれます。
しかし、面接を終わって思うのは、やはりそういう会社は合わないだろうということです。

僕が今回就職した会社、そして内定をいただいたもう一社は、旅のことに触れてはきましたが、
そこを変に深掘りしてくることはなく、興味を持って聞いてくださいました。
そして、今回決まった会社は、何よりも、「いまの自分」を見てくれたからです。
営業職での募集で、面接の質問自体が、他社とは違い、営業として、とても実践的で瞬発力を問われる質問で、
すごく、「人間性」と「スキル」を見ようとしてくれていました。

なので、採用が決まった時は本当にうれしく、迷いなく入社の意思を伝えました。

もともととても好きな会社だったということもうれしかった要因ですが、愛知まで行った甲斐がありました。

今、入社して、少しずつ大変になってきていますが、
「楽しく」働けています。


今回の就職活動で僕が一番妥協したくなかったのは、「楽しく働けるか」ということでした。
そのうえで、一番のテーマは「あせらない」ことでした。
あせってやりたくもない仕事に就くのは、結局退職につながります。
正直なところ、それでもかなりあせった時期はありました。
就職氷河期を越える氷河期、ど真ん中での就職活動でしたので、やはりかなり難しさを感じました。
書類が落ちるたびに、ため息が出ましたが、ただ、それでも、なんとか切り替えることができたのは、旅が本当に楽しく素晴らしいもので、自分の人生には絶対に不可欠なものだと思っていたから。
後悔はなんてないし、100%、旅をしてよかったと思っている。


考え方としては、至ってシンプル


すぐに仕事に就けないこと<旅をしたこと


なのです。



だから、いつもここに立ち返れば、焦る必要なんてないことに気づくのです。

別に仕事に就かず、また旅に出たっていいし、海外で働くという選択肢もありました。
そういう旅人もたくさんいます。
ただ、僕は、家族や友達と離れ過ぎるのは嫌なので、日本で暮らしていくと決めていたから、
さらには、日本でいつか旅以上に幸せを感じる生き方を作りたいと思っていたので、
日本での就職活動を頑張りました。

旅で少しだけ大きくなっていたから、人に何を言われても、どう思われても、落ちまくっても、
軸をぶらさずに、妥協せずに、考え方を切り替えて就職活動を行うことができました。

“たゆたえども沈ます”

僕の再就職活動時の座右の銘。

この苦労した再就職活動の経験も、自分のためになっていると思う。



だから、

再就職、将来への不安<旅に出ること


だと、今はっきり言えます。




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ホームレスになりました・・・

日本に帰ってきて約半年…
僕は今…

ホームレスです。


嘘じゃないです。
マジです。


住所不定なんです。


今日は住所不定で、午前中に大阪にいました。
いまは岡山にいます。

明日は広島に移り住みます。

あさっては、東京・千葉あたりに、しあさっては茨城、来週は福岡、佐賀に行き、来週末は秋田に住みます。

持ち物は世界一周を共にした相棒のバックパックです。
このページの左側(っていうか左上)の写真で、いっつも僕を後ろから抱きしめている、あいつです。
あいつの名前ですか??

バックパックの“バックパッ君”です。


これを書いてる今も、パッ君は、僕のそばに一緒にいます。
久々にこいつと一緒に行動しています。
やっぱり頼れるのはこいつです。
人前でも堂々と密着しています。
ラブラブです。


おっと、
話がおかしな方向に行き過ぎたので、元に戻します。


というわけで、住所不定、全国をフラフラしています。



なぜなのか…



日本に帰ってきて半年…



彼女にフラれ・・・
病気になり・・・
3週間入院し・・・9キロ体重が減り・・・なんとか退院し・・・
と思ったら、また病気が再発し・・・就職活動ができず・・・
また治ったkらアルバイトをはじめ就活開始・・・
と思ったら病気の後遺症で、髪の毛が一気に抜け初めて3分の1くらいに減り、体も心も調子が悪くなりました。


そして・・・

ついには家まで失い…

路頭に迷い・・・



というのは、嘘です。


こんなこといつまでも書いてると、お母さんとお父さんが息子を見捨てたみたいになっちゃうので、ここらでネタばらし。


実は…


やっと就職しました!!


が、今は住む場所がありません。
住所不定です。
それは本当です。
正確に言うと、住所不定ビジネスホテル暮らしです。


勤務地は名古屋です。

でも今日は岡山にいます。

はい、また意味がわかりませんね。

説明します。

会社は名古屋にあります。
面接は自費で神奈川から名古屋に受けにいきました。
もちろん新幹線なんてたいそうなものは使わず夜行バスで行き、漫喫で寝て、面接受けて、夜行バスで帰ってきました。

そして後日、採用が決まりました。
(正社員取らない会社なので、契約社員ですけど。)

少しして、電話で出社日を聞きました。

採用担当「3日後に名古屋に出社だけど大丈夫??」とのこと。

ぇえ!?
今日も明日も1日中バイトあるんですけど…。
(実は私、1月から日雇いの肉体労働を毎日してました。)


採用担当「大丈夫??」


私「はい!!大丈夫です。余裕のよっちゃんです!当たり前田のクラッカーです!」



突然すぎで、誰にも別れを言えず、また夜行バスで名古屋へ…。

朝、名古屋に着いて、数日分の着替えを詰め込んだ…

相棒・バックパッ君で、そのまま出社!!
(くどいようだけど、パッ君は左上のプロフィール写真参照)


出社日は4月1日でした。
そのまま働き、いまだに家に帰ってはいません。
バックパックひとつでビジネスホテル暮らしです。


勤務地は名古屋、でも全国出張の営業のお仕事のため、日本を飛び回ります。

んで、今は岡山にいるわけです。

んで、今日は大阪にもいました。明日は広島、あさっては東京・千葉、しあさっては茨城、来週は福岡、佐賀、秋田と、仕事で飛び回ります。


旅かいな!!



担当はまだ決まってないのですが、基本的には火曜から金曜までこんな感じで飛び回ります。

ちなみに、おとといやっと名古屋で家は決まりました。

しかし、入居日はまだです。

家賃は

27000円です。

会社からの住宅補助や手当はなしです。
しかも東京なら6万以上はするレベルの、普通の1Kです。
すごいでしょ。


あまりに急な引越しなので、しばらくは何度も神奈川に戻るつもりです。

というか名古屋から神奈川・東京なんてものすごく近いから、しょっちゅう帰るだろうし、また西にも行きやすくなりました。
名古屋は位置的には日本の中心ですからね。

というわけで、長い沈黙を経て、やっと就職したんです。

そして転居するんです。


ということで、祝・就職急!転居、の報告でした。


世界一周後の就職活動ってことで、また落ち着いたら記事書きます。





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旅人からの手紙

昨年12月、突然、エアメールが届いた。

ポルトガルの首都リスボンからの手紙だ。

差出人は、トルコ・イスタンブールで会った旅人。

懐かしさが込み上げる。

無地のハガキに余すところなく丁寧な文字が書かれている。


ポルトガルに着いたという。


そうだった。彼は、トルコの首都から西へ進み、ヨーロッパを周遊、ポルトガルを目指すと言っていた。

しかも自転車で。

いわゆる、チャリダー(※)になるということだ。(※自転車で旅をする旅人のこと)

それまで、ふつうのバックパッカーとして旅をしてきた彼の挑戦だった。

ちょうどその時、同じ宿に、完全に自転車で旅をしているチャリダーがいて、彼は熱心に話を聞いていた。

東京の赤坂で料理人をしていた彼。

彼の作った卵焼きには驚いた。プロが作る卵焼きは、こうも違うのかと驚いたことを覚えている。

それから、僕が彼と接した感じでは、少し繊細そうな、それでいてとても心やさしい、年上だけど少しかわいい感じの印象の人。

その彼がチャリダーなんて、とても・・・という印象を持ったのも、正直な話だ。



しかし、その彼が、無事にポルトガル・リスボンに着き、ヨーロッパ横断自転車旅行をやり遂げたという。

偶然にも、僕が帰国した日と同じ9月28日に。

約4000kmの距離を、5カ月かけて・・・。

また、同時に、ユーラシア大陸横断のゴールでもある。

そのゴールであるポルトガル・リスボンに着き、約3カ月が経つという。

その土地で過ごすうちに、ポルトガルの料理に興味を持ち、また旅の資金を稼ぐため、ポルトガルで飲食の仕事につけるようにビザ問題などと奮闘しているという。


以下は、彼からの手紙の一部です。


「旅のために仕事を辞めて日本を出た自分、そしてその旅を一時停止してる自分・・・

そこにいたのは社会人でもない、旅人でもない、まっさらな自分・・・。

何にも属さない、何物でもない自分に、ただただ不安や焦りでいっぱいだったとき、久々に諒二君のブログを見ました。不器用で露骨で体温のある諒二君の文章と、アフリカ・インドでの著しい成長に、本当に感化された!

まだまだ先は長いけど、諒二君のゴールは俺にとって大きな励みです。

メールでは伝えられないほどの感激を受けたので、筆を取りました。」



嬉しかった。

いや、救われたと言っても過言ではないくらいの気持ちだった。

帰ってきてから、病気をはじめ、人生を変えるほどの衝撃の大きい出来事が多かっただけに、このときの僕はかなり心が弱っていて、自分が世界一周をしてきたことさえ、信じられないほどだった。

自分の旅はいったいなんだったのか?なんの意味があったのか?意味がなかったのではないか?
成長なんてしていないのではないか?

ぜんぜん強くなんかなっていない、それどころか弱くなってしまったのではないかと・・・

旅を否定する気持ちさえあった。

ブログなんて書く気になれなかったし、とにかく人と会いまくって、元気をもらって、なんとか人に寄りかかりながら立っていた。


そのときに遥か遠い国から届いた一通の手紙に、僕は思わず泣いてしまった。


でも、誰かが自分のことを考えていてくれて、認めてくれていたことが嬉しくて・・・

せっかくたくさんのことを学んできた旅を否定しようとした自分が悔しくて・・・



彼とは、一週間足らずしか一緒にいなかったし、離れた後も、頻繁にメールをしていたわけでもない。

それでも、この手紙で、また彼とつながることができたし、本当に助けられた。



こんな手紙を出せる彼は、本当に素敵な人だと思う。

メールでも、電話でもない、無地の葉書にびっしり詰まった小さな彼の字が、本当に温かかった。


僕は、その後、感謝の気持ちを、2枚の便せんに乗せて、彼の元へと送りました。





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旅人との別れ・・・

日本に帰国して、早5か月が経つ。

帰国後は、旅の間と同じくらいに、本当に様々なことがあった。


その中でも、一番衝撃的だった出来事。

それは・・・



旅で出会った旅人の死・・・。



日本に帰ってきて、二か月が経とうとしていたとき。
突然の知らせだった。
前回書いた、サルバドールのカーニバル、みんなで太鼓を叩いたナタカトシア。
その時の、仲間だ。

旅先で、ではなく、日本でのことだ。

彼と僕とは、地元が非常に近く、地球の裏側ブラジルで、地球の裏側の地元話に花が咲いた。
太鼓のパートリーダーとして、苦労しているときに、いつも手伝ってくれた。
年は彼の方がいくつも上で、ものすごくおちゃらけた性格でいつも冗談ばかりの彼だが、太鼓の練習のときは、僕をリーダーとして、とても低姿勢で接してくれた。大人だと思った。

カーニバル後は、数回メールのやりとりをした程度だった。
帰国後、一度、会うチャンスがあった。
カーニバルのメンバーでの再会のとき、僕は退院直後だったため、終電で帰った。
彼はそのあと来たという。

日本での彼は、どのような感じだったのだろう。
いや、彼は、きっと、旅で会った印象のままの彼だったのだろうと思う。


告別式は地元が近いだけに、僕も訪れたことのある斎場だった。
彼を近くに感じた。
同時に、初めて実感が湧いてきた。

カーニバルでのメンバーも参列していた。
みんな、旅でのボロボロの格好とは一転・・・
まさか、こんな形で再会するとは・・・。誰もがそう思っただろう。


斎場の片隅には、彼の旅の写真、旅で着ていた見覚えのある擦れ切れたTシャツ・・・


彼は3年も旅をした。
僕はそれをそこで初めて知った。
普通、旅人と出会うとき、旅の期間や、どこをまわってきたのか、必ず聞く。
カーニバル直前、練習のまっただ中に出会った僕は、彼とそういう話はしなかった。
バカみたいな絡みと、一緒に太鼓を叩いた、それだけだったように思う。

そこで初めて知ったことがもうひとつあった。
手紙・・・。
彼が両親に宛てて出していた手紙だ。
それも・・・数枚ではない。何枚あったか覚えていないが、かなりの数の手紙・・・。
最低でも新しい国ごとに書いていたのではないかと思う。

僕は、両親にそんなことをしていない。
電話やメールは定期的にしていたが、手紙は・・・。


なんて優しい人だろう・・・。

素直にそう思った。

どの手紙も、ハガキから字がはみ出してしまうほどにびっしりと・・・。

ご両親はどんなに嬉しかっただろう。

なんて素敵なプレゼントだろう。



アルバム5冊ほどに収められた旅の写真・・・。
3年も旅をした彼が撮った写真の、ほんの一部だろう。

写真の中の彼が楽しそうであればあるほど、悲しくなってしまう。
そして、もっとたくさん話を聞きたかった。




後日、彼の書いていたブログを見た。

旅の中での楽しそうな彼や、日本に帰ってきてから苦闘しながらも頑張っていた彼を知った。

すごくプラス思考で、明るく、そしてやはり、家族のことを書いている文章からは、本当に家族が大好きな、心の優しい人なんだと思った。

こういう場で私見を述べるのはよくないと思うので書かないけれど、彼の人生は、僕にたくさんのことを考えさせてくれた。

ブラジルでは特別仲良くさせてもらっていたわけではないけれど、明るくおちゃらけていて、でも本当に優しく気の遣えるキャラクターは、誰にでもすぐ理解されていたと思う。

告別式の後、「ここに彼がいたらこんなことおかしなことを言うだろうね」「ここに彼がいたらこんな行動をするだろうね」と、みんなで笑った。
ムードメーカーな人は、そこにいなくても、そのままなんだなと思う。



最近、久しぶりに彼のブログを見に行ったら、驚いたことに、お兄さんが、彼の書きかけていた記事の更新を行っていた。

彼自身が書いたブログの記事は、文章の途中で終わっていた。
日本に帰国後、本当に忙しい中でも、携帯電話で記事を作っていたようだ。
通勤電車の中や、仕事の休憩時間に書いていたのだろうか・・・。
それをお兄さんが、ブログで更新していた。

本当に家族への愛が感じられる文章だった。


そして、その後、お兄さんが、彼がいなくなってしまったときのこと、その後のことを書いていた。
やはり切なく哀しいものだったけれど、とても勇気のいることで、お兄さんも彼のことが大好きだったのだと感じた。


それを読んで、僕は、また彼のことを深く思い出し、今回記事を書くことにした。


まだまだ彼のブログをすべては読み切れていない。

僕自身がそうであったように、彼も長い旅の中で、きっとたくさんのことを学んだのだと思う。


彼の人生が僕に教えてくれることは、たくさんあると思う。

もう彼の言葉を聞くことはできないけれど、彼が旅を通して遺した言葉たちに触れて、それを自分なりに考えて、感じて、自分の考えと混ぜ合わせて、彼のことを忘れずに生きていきたいと思う。








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ただいま日本!!

無事帰国をして、一週間が経とうとしています。

友達や旅人との再会の予定も決まり始め、少しずつ再会モードに入ってきました。

旅は終わってしまったけど、しばしのあいだ、細々と、帰国後もブログを続けさせていただきます。

また、僕が旅で会った旅人のブログの紹介も、次回の更新でしようと思っています。

さて、「ただいま日本」ということで、久々に帰ってきた日本について、書かせていただきます。




「東京の空は曇り」


東京の空は晴れではなかった。

1年間、旅をしてきて、楽しみにしていた機内放送は僕の期待を裏切るものだった。


それでも、インドを離陸する際と、東京に着陸するとき、僕の心は大きく揺れていた。

世界一周の旅の終わりと、新しい旅のはじまり・・・。

旅に対する哀愁感と、母国に対する懐かしさ。

旅で出会ったたくさんの笑顔、待っていてくれている人たちの笑顔。

いろんな思いが浮かんでは消え、交錯した7時間半の空の旅・・・

夜間の飛行だったが、寝れなかった。


ここぞとばかりに、映画3本もぶっつづけに観たからね。

だって、帰ってレンタルしなくて済むもん。

だって、日本って、映画1本借りるのに、3ドルとか4ドルしちゃうわけでしょ??

インドだったら、1泊プラス、1食か2食、飯食えちゃうもん。

ってな感じで、ズレた物価感覚と、元来持っている貧乏性のクセを引っさげて、日本入国。


9月末・・・

まだ暑い日本。


電車やバスが遅れない国日本。

5分の遅れで謝ってしまう国日本。

15分の遅れでキレる客が発生する国日本。

車のクラクションがすぐに鳴り止む国日本。

店員が「ありがとうございます」とお礼を言ってくれる国日本。

トイレットペーパーを持ち歩かないでもいい国日本。

停電の少ない国日本。

シャワーからは必ずお湯が出る国日本。

道が舗装されてばかりの国日本。

コンセントの形が、前習えしたら入っていけちゃいそうな国日本。

何でも自動の国日本。

ネット屋に漫画とかとかビリヤードまである国日本。

公衆の面前であんまり服脱げない国日本。

みんな働く国日本。

ラッシュの電車に、「人を押し込む係」がいる国日本。

値札がついてて、交渉・値引きがきかない国日本。

順番を守る国日本。



礼儀と規律の国日本。

親切とおもてなしの国日本。


僕の国日本。


「ただいま。」を、心の中で連呼しながら、空港から帰路についた。

時は月曜日の朝。

ラッシュのピーク。

衝撃的な光景。

寝ながら電車に乗っている人、寝ながら歩いてる人。ん?歩きながら寝ている人・・・かな。

携帯から一時も目を離さない若者。

襲ってきそうな迫力さえある、高層ビル群。

どでかいバックパックを背負ってキョロキョロする僕を、たまにチラ見する人がいる。

ロン毛、ヒゲが茶色い、目が茶色い、色が白い、背が高い、汚れた服、挙動不審・・・

あいつはまさか・・・


いや、日本国民だよ!!

テロリストじゃないやい!!


日本人にも、外国人にも、純粋な日本人に見られないことがよくある僕。

ケニアでテロリスト扱いされたことのある僕。

早く、ロン毛とヒゲやめなきゃな。



久々の日本、ラッシュアワーへの戸惑い、旅でズレた自分の目線、これからへの期待と不安・・・

いろんな思いを胸に開けた実家の扉。

「おかえり。」

機内放送のほかに、もうひとつ期待していた言葉。

空には裏切られたけど、やっぱり家族は裏切らなかった。


そんなガラじゃない家族だけど、父と、母と、兄とハグをした。

すっごくあったかかった。

「ただいま。」


やっぱり日本が、家族が一番いいな。

そう思った夜だった。





それから一週間が経とうとしているが、ズレていた感覚は、すごいスピードで旅に出る前に戻ってきている。

たかが1年の海外放浪。
やっぱり簡単に日本の感覚は戻ってくる。

友達に会い、自分の居場所に再び戻り、自分の部屋に入り、パソコンの前に座る。
出発前と全く同じ生活。

違うのはた~くさんあったお金がぜんぜんないこと。笑

思えば、僕のたびは、いろんなものを失くす旅だった。

盗難に遭い、お金やメモリカードを取られ、パソコンは2台も壊れ、カメラも1機壊れて、1機紛失、携帯も故障、そのほか、日用品は次々と無くなっていった。自分の不注意で(笑)

その度に深く落ち込み、苛立った。

旅の途中からは、何かを失くすことに慣れていくほど、失くした。

でも、失くしたものは多かったけれど、それと引き換えに得たものも多かった。


しかし、日本の元の生活に慣れ始めていく中で、
その旅で得たものさえも、失くしていってしまいそうで怖い今日この頃。

元の自分と、新しい自分のバランスを取るのが難しい。

取捨選択。

ゆっくりやっていこう!



次回は、他の旅人さんのブログ紹介しまーす。




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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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