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イグアスの滝 ~アルゼンチン側~

なんと、この旅のハイライトとも考えていた雨季のウユニを捨て、ビーニャ・デル・マルからメンドーサ、ブエノス・アイレスを経由し、一気にイグアスの滝にやってきました。
北米・カナダのナイアガラ、アフリカ・ジンバブエのビクトリアと並び、世界三大瀑布と言われるビクトリアの滝。

このビクトリアの滝が、これまた微妙なラインにありまして・・・
滝自体はアルゼンチンとブラジルの国境にまたがっており、さらに、それに加えてパラグアイのシウダー・デル・エステという町が隣接しているのです。

僕が着いたのは、アルゼンチン側のプエルト・イグアスという町。

プエルト・イグアス
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寂びれているようで、寂れていないような、落ち着いた雰囲気の町。
この周辺の土地は、土の色が赤く、建物も赤レンガで造られているものが目立つ。

今の時期、イグアスの滝周辺は、曇りや雨が多いと聞いていた。
が、運良く晴れていたので、町へ着いて、さっそく滝へ向かうバスに飛び乗った。
プエルト・イグアスからバスで15分ほどで、イグアス国立公園に到着。
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この広大な国立公園内にイグアスの滝が流れ(つつも落ち)ている。

公園は広いな大きいな♪
ということで、電車でGO!
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(※とはいえ、僕がゲーム感覚で運転とかはしてませんよ)
滝の展望ポイントが数箇所に渡り、電車の駅も二つある。


公園内はジャングルで、ジャングルツアーも催行されているほど。
珍しい動植物もたくさんいるらしい。
僕が目にしたのもリスト

ワニ
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ハナグマ
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とかげのおっさん
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喧嘩中?


そんな感じで、横道に逸れながらも滝へと歩を進めると・・・
何やら白い煙が見える!
「おとひめ」のような音が聴こえる!(笑)
そして、滝が見えた。

イグアスの滝(アルゼンチン側)
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約4kmに渡り広がる大瀑布
落差は80mにもなる。
(スケールが大きすぎて、写真では、ぜんぜん入りきってません。)
1億年以上前から存在していたと言われ、先住民は、ここを聖地と呼んでいた。


落差の大きい滝が何箇所も見られる。
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周辺には大小約300ほどの滝あるといわれる。
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滝の下流では、ボートツアーが行われている。
滝の真下まで行きマシタ。
といいたいところですが、私の懐事情により断念。


「悪魔ののどぶえ」
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イグアスの一番の見どころ。
水量が多すぎて、もう「水」が流れ落ちているとは思えないくらい。
スケールが大きすぎて、まったく写真に納まりきらない・・・
写真では、お伝えしきれない迫力でした。

滝のどこを見つめていればいいかよくわからなくなる。
もはや、これは滝なのかどうかさえ、よくわからなくなるくらい。
そして、放心しながら滝を見つめ、その音に身を任せていると、なんだか滝が自分の体の中に流れ落ちてきているかのような感覚に陥った。


ちなみに、ボーっと展望ポイントに立っていると、顔とかとても濡れます。
原因は風です。
風が吹けば・・・桶屋が儲かる。
・・・ではなくて、風が吹くと、滝の水飛沫が風に煽られて一気に舞い上がってくるのです。
イグアスは暑いので、これが気持ちいい!
今まで生きてきた中で一番のマイナスイオン体験です。
そして、その水飛沫によってできるのが・・・
虹です。
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ただいまの時間も2時です。。。
嘘です。“誤字”です。

・・・というわけで、半日かけてアルゼンチン側イグアスの滝を観光。

そしていよいよ、ブラジル入国。
日本人が南米で唯一、ビザが必要な国、ブラジル。
このイグアスの国境が一番容易にビザが取得できると言われているが、国境、空港以外でビザを取得するのはこれが初めて。
果たしてうまくいくのか・・・!?


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ウシュアイア ~世界の果てまで会いに行きます~

悩んで悩んで悩んで悩んだ。
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迷って迷って迷ってマヨッた。
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・・・。

エル・カラファテからさらに南下して、世界最南端の町ウシュアイアへ行くかどうかを、散々迷ったのだ。
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午前3時発のバス~バス乗り換え~アルゼンチン出国手続き~チリ入国手続き~フェリー乗船~チリ出国手続き~アルゼンチン入国手続き~バス乗り換え・・・その度にバスの乗り降りをする、大変面倒くさいことで名高い20時間の移動ルート。
さらに、高額なバスチケット代。
出入国が多くなるのは、アルゼンチン・チリの国境線と道路の位置関係上、両国を出入りしないと、南部へ進めないためだ。

ウシュアイアから北上してきた旅人たちは、南端というだけで見どころは少ないと口を揃える。
さらに今後の自分の予定を考えても時間の猶予はあまりない。
そう考え、このまま北上しようと決断しかけていだが、もう1人の自分が心の中で囁く。

「あの人に会わずに引き返していいのか?」

思い返してみた。
僕は、旅の中で出会うものの中で、遺跡よりも、大自然よりも、人が好きだ。

そして、決めた。
いま会いに行きます。



ウシュアイア
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ブエノス・アイレスから南に3250km。
世界最南端の町。
南極への豪華クルーズ船が往来している。
・・・度重なるバスの乗り降りを乗り越え、ついに乗り込んだウシュアイア。
ここに会いたい人がいる。


その人がいる場所・・・
上野山荘
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日本人旅行者が、知る人ぞ知る有名な世界最南端の日本人宿。
ここに泊まるためにウシュアイアに来る人もいる。
僕がブエノス・アイレスで宿泊した“上野山荘別館”の本館にあたる。
TVでも何度も取り上げられている。
ウシュアイアでさまよっていた日本人旅行者に、警察が上野さん夫妻宅を紹介し、宿泊をさせてあげたことから、口コミで旅行者が上野さん宅を訪れるようになり、宿となったという。
2002年にお亡くなりになられた旦那さんが熱い方で、ときには旅人に叱るように様々なことを語ったことなどから、「上野大学」とも呼ばれる。
旅行者にカニ料理を振舞っていたこともあり、それが有名になって「上野亭」と呼ばれることもある。
この二つの名は、実際に表札もあり、宿の入り口付近に取り付けられている。


そして、ここの現在のオーナーさんが、僕が会いたい人、上野綾子さんだ。
宿とともに、南米を旅する日本人には大変有名な方で、旅人からは“綾子あばあちゃん”の愛称で親しまれている。

上野綾子さんと対面!
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86歳になる綾子さん。
最近はあまり体調が優れないと聞いていたが、会いに行くと、そんなことを感じさせないくらい、とても元気に話をしてくださった。
次から次へとたくさんの旅人が訪れ、綾子さんに会いに来るが、誰に対しても元気に、同じことを聞かれても丁寧に話をしてくださると聞いていた。
僕が訪れたときにも、やさしく力強く話をして下さった。
他にも綾子さんと話をしたい人がいたし、あまり体調が優れないと聞いていたこともあり、ゆっくりと話をさせてもらったのは一度だけだったが、綾子さんと二人きりで話をできたことが、ウシュアイアでの何よりの思い出となりました。


上野山荘名物・五右衛門風呂に飛び込む!!
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おっとっと。失敗。

TAKE2
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成功。
思わず「ぁあ~」と渋い声を漏らす・・・
もう自分もオヤジだな・・・
この五右衛門風呂のドカンは普通の寸胴の土管とは違い、タマゴのように土管のお腹が膨らんだ珍しい形になっている。
こんな世界の最果てで五右衛門風呂に浸かれる感動と、数々の旅人が入った五右衛門風呂にいま僕も入っているんだなぁという感慨が、同時に僕の体をあたためた。


■ウシュアイア観光へ
ウシュアイアの町周辺の観光へ出かけたところ・・・
横風で吹っ飛ばされました。
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さすが最南端!世界の果て。
とんでもない事が起きるもんだ。
という、めんどくさいと言われそうなボケはさておき・・・
真面目にやります。


ななめの木
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ウシュアイアはとても風が強い。
その強風により、木の枝葉、さらには幹までもが風に吹かれ傾いている。
風により傾き、傾きながら育ち、こんな屈折したヤンチャな木に。
注: この傾きは“かめはめ波”の衝撃波によるものではありません。
勢い余って、本当に“かめはめ波”を打ってしまった場合、木は消滅します。
クリリン氏が殺害されたときなど、気をつけましょう。


上野大学 ぶっ飛部
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僕が上野山荘宿泊者と結成した部活動。

“上野大学”とも呼ばれる上野山荘。
そんな“上野大学”には、部活動がある。
と言っても、だいたいの部は、1日~数日限りの活動と思われるが・・・。
というのは、この宿では、何かテーマ制のある写真を撮ると、宿の共有スペースの壁に「上野大学 ○○部」という勝手な部活動名をつけて、写真を貼れるようになっている。
(2009年1月現在)
一例を挙げると・・・
“ななめの木”の前で数人で、かめはめ波の格好をしながら写真を撮り「かめはめ波部」、数人でタバコを吸いながら撮った写真で「喫煙部」、裸になって写真を撮り「裸部(ラブ)」、など様々。
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我らが「ぶっ飛部」も、体を張った活動の成果を貼って残してきました。


★心優しい旅人へ
ぶっ飛部の写真を上野大学に貼ってきたはいいが、その様子を写真撮影するのを、忘れてしまいました。
今後、上野山荘へ訪れる方がいらっしゃいましたら、その写真を撮り、私にください・・・。
ぶっ飛部の他のメンバーも取り忘れてしまったので・・・
できれば、よろしくお願いします。



■世界の果て
世界最南端の町の、道の終点まで行きました。
ブエノス・アイレスから3079km。
アラスカから17848km。
思えば、この旅の始まりは世界最北端のアラスカから始まった。
そして、世界の果てから世界の果てまで辿り着いた。
陸路で縦断して来たわけではないが、それでも感慨深いものがある。

それを祝って・・・というわけではないが、大自然の中で、鶏の丸焼きを敢行。
薪を拾い集め、直火で丸焼きという野性的なスタイル。
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まるで漫画(笑) これぞ、ぶっ飛部。
焼くのに3時間以上かかったが、超美味だった。

最後は、キャンプファイヤーのように、派手に火をつけた。
今までアウトドアは面倒くさい派だったが、今回の丸焼きで僕のアウトドア魂にも火がついた。
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世界の果てで見た燃えさかる火炎は、いつまでも見つめ続けていたいほど力強く鮮やかで、僕の心に焼きついた。


そして、僕のパタゴニア地方の旅も、この最南端の町で終点。
(事実上の人が住む世界最南端は、チリ側にあるプエルトウィリアムスという村。上陸はしていないが、チラ見した。)
“食べると、またパタゴニアへ戻って来れる”という言い伝えがある「カラファテの実」を食べて、ウシュアイアを後にした。
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りょーじはカラファテの実をたべた。
りょーじはアウトドア魂が、5あがった。


■上野綾子さんとの時間
前もって、ある程度、下調べをしてお話をしに行った。
宿に、上野山荘と上野家の歴史を旅人たちがまとめたノートがあり、それを熟読していった。
綾子さんが毎回同じ話をしないでいいように誰かの心配りで作られたノートなのかなと思った。
綾子さんのいる部屋に「失礼しま~す」と言って入ると、大きなハリのある声で「どうぞ」と返事が返ってくる。
日本にいたときは東京に住んでいて、空襲を生き抜かれたことや、綾子さんご自身のご家族のこと、日本にお姉さんと息子さんいるが、日本に行くときの飛行機の乗り換えのしんどさ(ブエノスアイレスとアメリカ経由で長時間!!)、僕が上野山荘別館にいたときのこと(アホなエピソードを含む)や、上野山荘に来る旅人たちのことなど・・・
ほんとはもっともっと聞きたいこともあったけど、なんだかお話しているだけで、心が素直になれた。
それだけで気持ちのいい時間だった。
お体が悪いのにそれをまったく見せずに元気に話をしてくれた綾子さん、本当にありがとうございました。

■夢を持つ!!
綾子さんの部屋に飾ってある数々の写真の中で、なぜか気になる写真があったので、訪ねてみた。
そこに写っていたのは、池田拓さんという旅人だった。
なんと池田さんは、アメリカ大陸を9ヶ月、南米大陸を1年八ヶ月かけて徒歩のみで縦断するという偉業を成し遂げた旅人だった。
しかも、幼少の頃は体が弱く何年も病院で過ごし、「20歳まで生きられない」とまで言われていたという・・・。
そして、日本へ帰国後、池田さんは、故郷・山形の鳥海山を守る自然保護運動をしていたこともあり、アメリカで森林学を学びたいと志し、再び肉体労働で資金を稼いでいた。
しかし、その現場での鉄骨落下事故により、26歳という若さで、お亡くなりになられた。
池田さんについて、綾子さんは「私みたいな何もない年寄りが長生きしていて、あんなに志を持った若者がなぜ・・・」と嘆いてらした。
そのときの綾子さんの顔を僕は見れなかった。
綾子さんの悲しそうな顔を見たくなかったという気持ちも強かったが、自分が恥ずかしくなったからでもあった。
僕も・・・夢を持たなくては!!

池田さんの旅は、 『南北アメリカ徒歩縦横断日記』という本になっていて、上野山荘にも池田さんのお父さんが寄贈した本が置いてあった。
日本でも図書館によく置いてあるという。



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エル・チャルテン ~フィッツロイさんに見下ろされて~

エル・チャルテン
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エル・カラファテから220km離れた、フィッツロイ山の麓にある小さな村。
この村からは、フィッツロイ山周辺の様々なトレッキングルートへアクセスできる。
テントを持参し、食材を買い込み、入念な防寒対策をした上で、数日かけてキャンプをしながら、フィッツロイ周辺をトレッキングする旅行者も多い。
この地を、南部パタゴニア観光のハイライトと位置づける旅行者もいる。

僕は、そこまでの熱いアウトドア魂を持っていないので、村から日帰りで、フィッツロイ周辺をトレッキング。
それでも、かなりの距離を、一日で歩くので、普通にハード。
日なたでは半そででもいいくらいなのに、木々が生い茂る日陰に入ると、一気に寒さを感じる。
さらに、歩いていると暑いのに、休憩するとすぐ体が冷える。
暑いのか寒いのか・・・
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どっちなんだぁーーー!!

途中、日本庭園のようなところも。
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歩くこと3時間。
日なたを歩いていても、寒さを感じるようになってくる。
氷河の湖の近くまで来ているためだ。


トーレ湖と尖峰セロ・トーレ
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本来なら奥にセロ・トーレ山(3128m)が見えるのだが、今日はちゃっかり雲のお帽子を被っていたようで、お顔は拝見できず!!
トーレさんに見下されたかった・・・。

まだフィッツロイさんがいる!!
と、気を取り直しフィッツロイ山へ歩を進める。
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歩くことさらに3時間。
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少しずつ、それっぽい風景になってくる。


そして、ついにフィッツロイさん現る!!


フィッツロイ山(3405m)
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先住民が、エル・チャルテン=煙を吐く山と呼んだ岩峰群。
白くかかった雲が煙りに見えるから、そう呼ばれたそうで、それほど、雲がかかることが多いということでもあり、なかなか山頂を望むことができない。
アウトドアブランド「patagonia」のロゴマークのモデルにもなっている。

この日は、運良く山頂付近が晴れており、全景を望むことができた。
標高はそれほどでもないが、なんと言っても、この鋭く尖った岩山のシルエット、山頂付近にかかる白い雪、そしてそこにかかる煙のような雲・・・
近寄りがたい独特の存在感・・・。
近寄るのを許されるのは、強い意志を持ったクライマーのみ。
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ほんとに煙を吐いているかのよう・・・
この“煙”により、火山だと思われていた時代さえあったという。

そんなフィッツロイさんに見下ろされたぁ~!!
フィッツさん、マジかっこいいっす。
帰り道も、フィッツさんに未練タラタラで、何度も後ろを振り返りながら、村へと戻った。
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見返り美男図っ★


■カラ振りカラファテ滞在記

・初カジノ!!
カラファテでは、この旅で初めてカジノに行った!!
ビギナーズラックを狙ってカジノに挑戦!
と行きたいところでしたが、性格上ギャンブルに向かない僕は、カジノで遊ぶという人についていっただけでした。
遊びはしないけれど、華やかなナイトスポットのひとつであるカジノの雰囲気を感じてみたかった。
しかし、率直に言うと期待はずれ。
カジノとはもっと白熱している場所かと思っていた。
沢木耕太郎の旅行記「深夜特急」に登場する、マカオのカジノでのエキサイティングな場面のイメージを持ってワクワクして行ったが・・・
なんだか淡々としていた。全体の雰囲気も、ディーラーと客とのやりとりも
正直、白熱していて引き込まれれば、少しくらい挑戦してもいいかなぁ、と思っていたが、全くそんな気にならなかった。
カジノによって、ルールや雰囲気も違うらしいので、また、他のところで再挑戦しようかな。
次回のカジノ体験記をおたのしみに。


・珍しい日韓混合宿
カラファテでも日本人宿に泊まった。「藤旅館」という宿だ。
しかし、ここは他の日本人宿と少し変わっていて、オーナー夫婦の旦那さんが日本人、奥さんが韓国人のため、韓国人の旅行者もよく来るのだ。
実際、僕の滞在中も韓国人も日本人も宿泊していた。
以前も、日本人宿に泊まっていて、韓国人や中国人が宿泊しているのを見たことがあったが、ここはそういうのとは、性質が違った。
しかし、僕はあまり韓国人と交流ができなかった。
言葉の問題ももちろんあったが、なぜか引いてしまっている自分がいた。
そういえば、この旅の大半は日本人宿にいて、あまり日本以外の国籍の人と絡んでいない。
日本の旅人との出会いや交流も、旅の大きな楽しみであり、安全面の問題からも、日本人宿があると必ず行ってしまうが、このままだと旅の終わりに後悔するんじゃないかと思う。
もっといろんな国の人と触れ合うことで、得るものもあるんだろうなと思った。
もっと踏み出さなくては・・・そんなことを感じさせられた宿でした。



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エル・カラファテ ~氷河の最期のとき~

時はさかのぼり1月2日。
新年早々から、ブエノスアイレスは沸いていた。
今年から、通称「パリ・ダカ」で有名なダカール・ラリーが、アルゼンチン・チリでの開催となり、そのスタート地点が、ブエノスアイレスの街中になっていたからだ。
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これまでも、アフリカ諸国の情勢不安や、コースが過酷過ぎるという理由で、何度もコースの変更がされてきた。
しかし、昨年の大会前、コースに設定されていたモーリタニアにて、フランス人観光客が武装集団に襲撃され死傷者が出るという事件が起き、ついに大会そのものが中止されてしまった。
そうした事情で、今年から南米大陸へ舞台を移すことになったという。

僕が見物に行ったときは、二輪車が続々とスタートしていた。
四輪車は、夜に出発することになっているという。
ちょうど、その四輪車がスタートする頃、僕もブエノスアイレスを出た。
ダカール・ラリーの新しい歴史とともに、僕の旅は再び幕を開けた。

南部パタゴニア地方を目指し、二泊三日のバス移動。
約40時間、ぶっ通しでバスに乗り続けた。
おそらくこの旅最長のバス移動になるだろう。
最安のクラスのため、飲食物は全く出ないし、リクライニングもあまり倒れない。
が、バス移動に慣れすぎたのか、全く苦痛を感じず、バス内2泊。
さらに、経由地で乗り継ぎ便を4時間待ち、また4時間乗車。

そして、着いた南部パタゴニアの町。

エル・カラファテ
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エメラルドグリーンの美しい湖に面した小さな町。
パタゴニア地方には、珍しい動物がたくさん生息しており、地形も変化に富んでいて、さまざまなトレッキングルートが整備されている。
そのため、この町にいる観光客を見ると、かなりしっかりとアウトドアの装備をした、清潔感のある旅行者が多い。
さらに寒い土地ということもあってか、ヒッピー風の若者はあまり見かけず、旅行好きのおじ様おば様という感じの人が多い。
町自体に見どころはなく、トレッキングやキャンプなどを行う観光地への基地といった感じ。
アウトドア用品の販売店やレンタル屋も見かける。


到着翌日、カラファテからの目玉観光地、ロスグラシアレス国立公園へ。

ここには、何があるか?
スペイン語で“グラシアール”とは氷河のこと。
そう、ズバリ“氷河”があるのだ。
そして、この公園では、その氷河の崩落を目の前で見ることができるのだ。

カラファテからバスで1時間半で行ける場所に、この公園はあるという。
確かにTシャツで1日を過ごせたブエノスアイレスに比べ、カラファテは肌寒い。
しかし凍えるほどの寒さではなく、この町の近郊に氷河があることが想像できない。
それもそのはず、今、パタゴニア地方の季節は夏。
だからこそ、氷河が溶けやすく、崩落が起こりやすいのである。

湖に沿って走っているバスの窓の外を眺めていた。
氷河は突然、姿を現した。
目を疑うような景色が目の前に・・・!!
チラ見して二度見、そしてガン見へと発展する僕の眼球たち。
え!?湖が途中で止まってる!?ん?固まってる!?
僕の視線も氷河を見たまま固まる。
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まるで、湖の水をせき止めるかのように、氷河が立ちはだかっていた。
不意を突かれたのと、感動のあまり、「すげえ」を連発してしまった。
すごいものを見て感動すると、言葉を選んでいる余裕なんてなくなる・・・。


ペリトモレノ氷河P1061309.jpg
全長35km。
表面積200k㎡以上。
高さ60~90m。
氷河の最前列の幅は5km近く。
と、数字を並べてもよくわからないですよね・・・。
私の頭の中の言葉では伝えきれないスケールなんです。
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写真でも伝わりにくいかも・・・僕の腕では・・・

氷河は1日に40cm~2m動くと言われている。
崩落は、その氷河自体が前に進むことと、夏場に気温が上がることで起こる。


バスを降りて、氷河を観測するポイントに向かい歩き出すと、何やら音が聴こえる。
氷河崩落の音だ。
例えるならば、遠くで控えめに鳴る雷の音という感じ。
近くに落ちた!!と思うような大きい雷の音ではなく、少しこもったような低い音の場合が多い。
それが、氷河が崩れ、湖面に叩きつけられながら、沈むときの音だ。
小規模の崩落でも、かなり大きい音がする。

大きな崩落はなかなか起きない。
時期にもよるだろうが、この時期は1日に数回程度。
とにかく待つしかないと思い、帰りのバスの出発時間ギリギリまでの3時間居座り続けることにした。
太陽が照っていれば、暑いくらいの時間帯もあったが、太陽が隠れると一気に冷え込む。
そこに雨まで降ってくると、アラスカ並みの寒さ。(著者個人的体感温度)
雨に打たれながらも、氷河とにらめっこを続けた結果、氷河が先に折れた。
折れたというより落ちた。

ゴゴゴ・・・という崩落の前触れの音がし、その音のほうへ目をやる。
すると、最前列から、縦長の大きい氷河が下方へ沈みながらも、湖面に向かって上部から剥がれていく。
その沈みながら、ゆっくりと倒れていく様子に、地球の重力を感じる。
氷河着水!!
広く白い水飛沫が上がり、氷河がバラバラに崩れていく。
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↑焦りのあまりブレまくりっ!!

大きな氷河の塊は、そのまま氷河付近に漂い、小さく崩れた破片たちは、氷河群側を中心として、半円を描くように湖へとゆっくり広がっていく。
P1061344.jpg
これが何万年にも渡り、旅をしてきた氷河の末路だ。
そう考えると、儚い気持ちになってくる。

その後ろには、さらに何十kmにも渡り、氷河が続いている。
何時間も氷河を見つめていると、その果てしなく長い氷河が、まるで崩落の順番を待つ行列のように見えてくる。
“透明に近いブルー”というのか、薄い青の光を発しながら、じっと“そのとき”を待っているように見える・・・
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時折、氷河の最前列ではなく、奥のほうでも崩落の音が聴こえる。
氷河同士がぶつかり、重なり合い崩落が起きているのだろうが、氷河が行列に見えてしまった僕は、そこにも儚さを感じた。

氷河の最前列まで辿り着くことなく、人目のつかないところで崩落してしまう・・・
虚しく轟音だけが山々にこだまする・・・

もちろん人間の勝手な視点からの考えだとはわかってはいるけれども、氷河との長時間の対峙で、そんなことを感じた。
ちなみに、昨年、アルゼンチンで冬にあたる7月、このペリトモレノ氷河で、冬場としては始めての崩落が起こった。
深刻化する温暖化の影響も感じながら氷河を見つめ続けた・・・。
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この姿勢で3時間。
そして、このあと、風邪をぶり返すことに・・・。



■ブエノスアイレスでも崩落!?
今までの最長滞在記録を更新したブエノスアイレス。
クリスマス、年越しを含め11連泊した、上野山荘別館。
年末の更新の際にも軽く紹介したが、ものすごく居心地のよい宿だった。
そんな上野山荘別館に、僕の足跡が残っている。

クリスマスイブのこと。
宿泊者による楽しい宴の真っ最中。
ちょっと調子に乗って椅子の上に立ち上がった拍子に、壁掛け時計に肩が触れ、時計が落下し、粉々に粉砕・・・
まさに崩落・・・
やってしまったぁ~!!
宿の管理人さんの冷たい視線・・・。
ごめんなさい・・・。
一瞬にしてテンションが下がり、僕の前夜祭もここで崩落・・・

後日、時計は買って弁償。
オーナーさんはいいのにと言ってくれたけど、さすがにそういうわけには・・・。
そんなこんなで、現在、上野山荘別館には、僕が壊して弁償した時計が掛かっている。
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真面目に反省し時計を選んだので、何の変哲もない黒い時計ですが、これから訪れる方は、そんなアホなお調子者のエピソードを思い出しながら、しみじみとご覧になってください。
というわけで、クリスマスと年越しをむかえさせてもらい、時計を壊したり、サッカーのチケットを当日に当然取ってもらったり、と、上野山荘別館さんにはとてもお世話になりました。

※MIXIの上野山荘のコミュニティ内のサッカー応援の記事には、僕の撮った写真が、僕の非公表の本名とともに掲載されてます!!
よかったら、ご覧くださ~い!!


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ブエノスアイレス~いい空気!?~

ブエノスアイレス
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“南米のパリ”と呼ばれる美しい町並みを持つアルゼンチンの首都。
人口278万人の大都市。
都市名は「良い空気」という意味。

アルゼンチン入国に際して・・・

アルゼンチンについて知っていたこと
・サッカーの強豪国
・タンゴの国
・チェ・ゲバラの出身地
・国土がとにかく縦長
・パタゴニア地方の素晴らしい自然
・肉とワインの国

第一印象
・肉が安い
・ワインが安い
・街や雑貨がおしゃれ
・人も建築もラテンというよりヨーロッパっぽい
・やはりサッカーは至る所でやっている
 (しかも気軽にストリートサッカーに入れてくれる!!)
・明るく陽気
・21時でまだ外が明るいくらい陽が長い
・夏だから暑い
・全然“良い空気”でなく、空気が悪い


約48時間の移動時間で、ブエノスアイレスに着いたのは早朝5時。
ターミナルのない広場前に落とされる。
都会は早朝も危険・・・
盗難でガイドブックも失っていたため、住所と通行人を頼りに、日本人宿を訪ねる。

上野山荘別館
PC310663.jpg
SUIPACHA930
ドミトリー$25~28
クリスマス直前で、やはり混み合っていたが、なんとかギリギリ泊めてもらえることに。

そして、ここで、初のプチ沈没宣言!!
クリスマスと年越しは、ここで迎える!!
ここまで、ロケットのように高速で動いてきた体を、ここでやっと休ませる覚悟を決めました。

と、休むつもりが、到着した当日は、なんと今シーズンのサッカー最終戦!!
アルゼンチンといえば、やっぱりサッカー見とかないと!!
ということで、宿のオーナーさんに頼み、ギリギリでチケットをゲット!!

その対戦カードとは・・・

ボカ・ジュニオルス VS ティグレ 優勝決定戦
僕は、ボカ・サポーター側の席をゲット。

ボカ・ジュニオルス
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かつてマラドーナやバティストゥータ、テベスも所属していたアルゼンチンリーグの強豪チーム。
トヨタカップでは過去に3度の世界一、
国際大会で18個のタイトルを獲得している。
日本の高原直泰が2001~2002に所属。
現在はリケルメが中心選手。
サポーターが熱狂的でガラが悪いことも有名。

今シーズンは、最終節を終え、3チームが首位に並ぶ混戦。
優勝は、総当りの優勝決定戦に持ち込まれることに。
そして、一勝で迎えた優勝決定戦の最終戦。
0-1以上の結果で優勝が決まる一戦。
相手のティグレには今シーズン一度負けている。
さらに、中心選手のリケルメがカードの累積枚数で出場停止。
不安要素を抱えたボカ。
優勝の行方は・・・!?

試合前のスタジアム周辺
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すでに路上で大盛り上がり!!
優勝決定戦のため、どちらのホームでもないスタジアムで対戦。
ボカサポーターはガラが悪いためか、スタジアムに入るまでに、
何度もボディチェックが入る。
ちなみに、酒の持ち込みは禁止で、酔っ払っているだけで、入れないこともある。
サポーターが暴徒化してしまうのを防ぐためだ。

試合前
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試合前からサポーターのボルテージは最高潮!!
みんなギュウギュウで、応援歌を歌いまくる。
体を揺らして、手上げて。
まるでクラブにいるみたい・・・
というか、クラブ以上。

チームカラーの旗がスタンドを飾るのだが、立ち位置によってはこれが邪魔でフィールドが見れない。
そのため、この旗を避けるように、本気のおしくらまんじゅうが展開される。
きつい・・・クサイ・・・苦痛・・・の“3K”が成立。
ほんと、“いい空気”ではないな。

試合開始!!
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僕自身のまわりのサポーターとの戦いも開始。
なんとか試合が見れる位置にと最初は意気込むが、
それよりも将棋倒しにならないように必死に体重移動を繰り返す。
試合は一進一退で、こう着状態。

と、そのとき、ボカゴールが脅かされる!!
 興奮したサポーターたちが身を乗り出す!!
ティグレ選手のシュートォォ!!
 サポーターたちの大体重移動ぉぉ!!
ボールはゴールを外れティグレの選手は地面に倒れこむ。
 サポーターたちは次々とスタンドの前へ前へと倒れこむ!!

ホンモノの将棋倒しである。
ラッシュ時走行中の東海道線のドアが突然開いたかのような勢い。

そして、その中心、一番下にいたのは僕。
骨折をしたことのない僕が、初めて、骨折すると思った瞬間だった。
それだけでなく、一瞬、真面目に頭部や内臓の危機を感じた。
まさかまだ、不幸の日々が続いている!?
なんとか、やさしいおっちゃんに腕を引き抜かれ助かった。

試合は後半に動く。
攻撃陣が精彩を欠くボカは、自由にパスを回され、左サイドからのセンタリングに、ティグレのフォワードが、頭で合わせる。
ゴール・・・
0-1・・・
後がなくなったボカだが、よくある時間を使う守備的なサッカーで、
そのまま試合終了のホイッスル!!

ボカ・ジュニオルス優勝!!
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スタジアムが歓喜で揺れる!!
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鳴り止まない歓喜の歌声。

スタジアムを出てもお祭り騒ぎ!!
路線バスをジャック!!
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もうむちゃくちゃ!!

ボカグッズを身に着けていた僕らも、タクシーに乗車拒否される。
そんな災難を乗り越え、なんとか宿へとたどり着きサッカー観戦を終了。
※このサッカー観戦のようすは、ミクシィの日本人宿、上野山荘のコミュニティにも、掲載されました!!



翌々日、サッカー熱が冷めやらぬ中、ボカ・ジュニオルスの地元地区である、
ボカ地区へ
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ボカ・ジュニオルス・スタジアム
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ボカのホームスタジアム
チームカラー一色のスタジアム

周辺の土産物屋やレストランもボカ一色!!
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ほんとに、このままボカサポーターになっちゃおうかな。


カミニート
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カミニートというのは、通りの名。
ここにある建物や壁は、ボカ生まれの世界的に有名な画家、キンケラ・マルティンのアイデアによって、
カラフルに塗られている。
おもちゃの家みたい。

アルゼンチンタンゴ
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港町ボカは、タンゴ発祥の地でもある。
もともとは、約130年前、スペインやイタリアからの貧しい移民労働者の哀歌として、酒場で生まれたダンスといわれる。
今も、カミニート付近では、観光客相手に、何組ものダンサーたちが、路上やレストラン内で、タンゴを踊っている。


クリスマスレポート
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なんとかブログが今年中に現在地に追いつきました。
今年のクリスマスはブエノスアイレスで迎えました。
といっても、期待していたほど、街中は盛り上がっていませんでした。
日本はクリスマスはイベントって感じだけど、
クリスチャンの国では、やはり神聖な宗教の行事。
クリスマス当日は店も閉まり、皆、家族と過ごすようだ。

ここ上野山荘別館では、宿泊者で、クリスマスイヴパーティを開催!!
野郎どもで厨房を占領し、シチューやサラダを料理。
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全員昼間っから、重度のキッチンドリンカー!!

みんなで乾杯しました!!
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日本人宿入れてよかったぁ~!!

クリスマス当日は、オーナーさんの家で、ホームパーティ!!
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肉を食べまくりました!!
ほんとうにオーナーさんに感謝です。

というわけで、「きれそうなわたしの3日間」のあとは、
「お腹がはちきれそうなわたしの2日間」が待っていましたとさ。

めでたしめでたし。

■年末挨拶
さ、もうそろそろ新年ですね!!
みなさん、本年は、私のダラダラなブログにお付き合いくださいまして、
まことにありがとうございました。
来年も、オフィスでの暇つぶしに、家事の合間に、ビールのおつまみに、
チェックしていただければ幸いです。
来年も皆様にとって、良い年によりますように!!

来年もどうぞよろしくお願いいたしいます!!
よいお年を!!

世界一周ダイアリーズ はらだりょーじ



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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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