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ローリーアゲイン!! ~世界一過酷な移動2・・・~ 6月10日~11日

エチオピア~ケニア国境へ
再びローリーの旅だ。
一度経験しているだけに気持ちに余裕がある。


今回は、ローリーの荷台。

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ローリーの荷台は、一緒にどんな人がどのくらい乗るか、そして、何の荷物と一緒に乗るかわからない。

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今回、一緒に乗るのはムスリム(イスラム教徒)たちだった。
ムスリムなら盗難の心配はないし、旅行者を襲うことはまずない。
安心して目的地に向かえそうだ。
ローリーの荷台はムスリムたちの荷物や穀物があるだけで、スペースも結構ある。
快適に目的地に向かえそうだ。


と思ったのも束の間。

最悪。テリブル。世界一キツイ移動とは、このことだ。

当然の悪路。
わかっている。
しかし、行きの助手席とは比べものにならないほどの衝撃、砂嵐、酷暑…。
座っていられないどころか、普通に立っていることも困難。
衝撃で体が宙に浮く。
しかもどのタイミングで衝撃が来るかわからないから受け身が取りづらい。
ずっと歯を食いしばって、力んでいなきゃいけない。
トラックの前方に近い方は衝撃が少ないようだが、ムスリムのおばちゃんたちに占領されてしまっている。
手すりにつかまって耐えるしかない…。

さらには、薄目もできないほどの砂嵐…。
呼吸をすれば砂のブュッフェ…。

避けらない太陽光線…

これだ…。これは確かにきつい。確かに旅で一番キツイ移動だ…。
ナメてた…。

きつそうな僕を見かねて、若者が上に上がってこいと声をかけてくる。
が、ここの衝撃も半端じゃない。
っていうか、油断したら振り落とされる!
「やっぱり下へ戻るよ…」

逃げ場がない…

これで30時間…!?
故障などアクシデントがあればさらに遅れる。
そして、何時にナイロビに着くかわからない…。
深夜にナイロビ着だったら最悪だ…。


4時間ほど我慢したところでトラックが止まる。
こんな荒野で・・・故障・・??
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どうやら、そうではないようだ。
他の故障したトラックの救助のために停車したようだ。
故障車の積み荷をこちらのトラックへ移動させる。
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ここでその労働力としてかり出されたのは、僕がエチオピアで訪れた村コンソから来た少年4人だった。
彼らは身なりを見ると、明らかにムスリムたちより貧しいことがわかる。
その彼らが問答無用で働かされる流れになっている。
積み荷は一つ90キロほどの穀物の袋が、トラックいっぱいに積まれている。
相当な重労働だ。
しかし、誰も手伝おうとはしない。

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積荷作業を見守る乗客。

自分が手伝うしかない。
と思い、力を貸すが、一個運んでみて、思う。
重すぎ。
一個運んだだけで、まわりから歓声が…
これじゃまるで余興だ。
力になれてない。


逆に足手まといになりそうなので、この仕事はやめる。
他のできることを探した。
袋に穴が空いていて、地面に大量にこぼれてしまっていた穀物をかき集め、再び袋詰めした。


みんなからメチャクチャ感謝された。
素直に嬉しかった。
最初は、三人を手伝いたい気持ちと、三人だけに任せているまわりの人たちへの、あてつけもあってやりだしたのだけれど、感謝されて素直に嬉しかった。

旅をしていて、人のためにできることって少ない。
いつも助けてもらうことばかりだ。
エチオピアで、少年たち何度も助けられ、しっかりお礼ができなかった後だけに、余計に人のためになれたことが嬉しかった。

僕の取った行動は日本人なら誰でもすると思う。
日本人は外国において嫌われることは稀で、ほとんどの国のほとんどの人々にはどちらかといえば好かれているように感じる。
それは多くの場合、ODAなどの大規模な援助や、戦争をしない国だからというのが多いのだろうと思う。
または、日本人旅行者が好戦的でないからであろう。

それでも、こうして少しの人たちにでも、直接、日本人を見てもらうことができてよかった。
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久々に現地人の役に立てた気がする。

3人を直接手伝うことはできなかったので、3人には2リットルの水を差し入れした。

そして再出発!
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その後、日がくれ、真っ暗で何も見えない荷台の中で、砂よけのために、ムスリム女性と同じように頭と顔を布で覆い、トラックに揺られ続ける。
検問で止まる度、懐中電灯と銃を持った警官が荷台に入ってきては、一人一人の顔を照らしてIDのチェック。
僕はパスポートを出す。

まるで密入国でもするかのようだ。
荷物が増えたトラックはスピードが落ち、予定の半分距離にある町までで今日はストップ。
一泊して明日の早朝出発ということ。

その町の食堂で鏡を覗き込んで唖然とした。
顔が真っ黒。
おそらく、松崎しげるは越えた。
ラッツアンドスター加入も夢ではない。


トラックで友達になったケニアの若者と食事を取り、トラックの荷台の中、寒さに耐えながら、穀物に囲まれ、穀物の上で眠った。





次の日も相変わらずの悪路・砂嵐・酷暑と三拍子揃った中でトラックに揺られ、ついに目的地に到着。
ミニバスに乗り換え、無事にナイロビに到着。
ナイロビの町のどこに着くのか不安で仕方なかったが、運良く宿の近くの乗降場に停車。
無事に生還した。

ローリー荷台(穀物積載後)
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なにもかも砂だらけ・・・
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ちょっとわかりづらいけど、顔も真っ黒に・・・
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胸元の茶色い部分はデザインではなく、砂による汚れです。


■ローリー移動個人的考察
・助手席がベター
・荷台は荷物の上なら幾分か衝撃が弱まる
・荷台は運転席に近い側が衝撃が弱い
・砂嵐はストールやシャツなどで防ぐしかない
・荷台の荷物の量、種類、固さによっても過酷度が変わるが、全て運。
・水分必須
・マシントラブルが多いため到着時刻、到着日はわからない
・運転手の技量や気分によって到着日や到着時刻が変わる
・エチオピア~ケニア国境間はルートが少なくとも2つある。行きと帰りはルートが全く違った。
・南下ルートのほうが荷台になってしまう確率が高い。時間や日にちをズラせば助手席が確保できるが。
・南下ルートのほうが到着がナイロビで、到着時刻や到着場所が読めないため危険





■ナイロビ危険情報

僕がエチオピアに行っている間、宿の目の前で人が殺されたという。
また暴動もまた2回ほどあったらしい。

同じ宿に泊まっていた日本人バックパッカー(旅歴3年)が、強盗に被害に遭った。

ナイロビ発の長距離バスの出発直後、強盗に遭い、気がついたときには病院のベッドの上。
バスに乗った日から、3日が経っていたという。

被害はUSドル現金全損。カードやパスポート、ケニア紙幣は無事だった。
日本大使館の職員からは、「よく目をさましたね、よかった」と言われたという。
そのまま意識が戻らないことも多いらしい。

他にも、数日前、ナイロビに到着直後、強盗に遭い、殴られ、ドル現金を取られた人にも会った。


宿の情報ノートにも強盗被害の情報が数件書かれていたし、本当に犯罪が日常的に起こる町だと感じる。

町でもバスでも、まわりの地元民や乗客は、助けようとすると、自分もやられてしまうため、助けてくれることは少ない。
夜間や早朝の出歩きや移動は避けなければならないが、避けられないことも多い。
「運」によるところも多いのが実情だ。

僕はこの二人と同じルートを通る。
最善の注意を払い、あとは祈るしかない…



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トゥルミ ~少数民族の宝庫~ 6月8日~9日

またまた、なんとかヒッチハイクでオモラテを脱出
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トゥルミに戻ってきた。

トゥルミの月曜マーケット。
ハマル族が集まってくるのを見るためだ。

オモラテからヒッチしたトラックはトゥルミの2キロほど手前で僕を降ろした。
ヒッチハイクは原則は旅行者はしてはいけないからだ。運転手も見つかったら、何らかのペナルティがあるのだろう。


トラックを降りて村へ向かう途中、早速、ハマル族と遭遇!!!!!!
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思わず写真を取りまくる!!

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写真を撮りながら一緒に村へ向かう。

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ムルシよりも、ダサネチよりも、このハマルの女性に会ったときが一番感動した。
おそらく、特有のニオイがあったことも大きな理由だろう。



今までは、現地人を介したり、民族でも多少英語が通じる人がいたり、通じなくても写真の値段交渉くらいしか、民族と会話することはなかったが、向かう方向が一緒で距離も結構あるだけに、何かしら話さずにはいられず、ちょっと頑張ってみた。

表情とボディランゲージで。
民族の人は、表情がものすごく豊かで、感情がわかりやすい。
言葉は理解できなくても、言葉の強弱と表情で言いたいことがわかった。
やはりお互い笑顔になれたときの感動は大きく、同じ人間なんだと心が熱くなった。


トゥルミの村のマーケットに行くと、さらに圧巻。

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先ほどのハマル族だらけ。
民族三昧、ハマル三昧。
超異文化の中に来た…。
これぞアフリカの民族…


マーケットを歩き写真を撮りはじめると、例によって例のごとく、ブル攻撃の嵐。
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いったん昼食に入る。
値段が高い。
いつもどおり、ツーリストプライス(現地人価格の二倍くらい)だ。

値段交渉を粘っていると、横にいたおっちゃんが、食べきれなかった弁当を、全部食えと差し出してくれた。
インドの建設会社で働く、インド人のおっちゃんで、現在、この周辺で仕事があり駐在しているのだという。
明らかにお金持ちな感じ。
エチオピア南部ではなかなか食べれない米と、カレーをいただき、お腹は満たされた。
食後に自分でコーラを頼んだのだが、インド人のおっちゃんは、その分も払ってくれた。

くつろいでいると、先ほど写真を撮ったハマル族の二人組が僕の席の前に座り、しつこくコーラをねだった。
僕が断っていると、店員が二人を叱り、外へと追い出した。

残ったコーラを目の前に少し考える。
いろんな考えや感情がこみ上げてくる。

金持ちインド人に弁当をもらい、コーラをおごってもらい、ハマル族の二人にはコーラを断った自分。

自分は一体何をやっているんだろう。

どうすればいいんだろう?

芸や商品など何も持たない子に、こちらから一方的に与えるのは、彼女らのために良くないとの思いから拒否をしたのだが、なぜか、情けなさと、自分に対して寂しさを感じた。

ボーっと、そんなことを考えていると、再び戻ってきた彼女たち。
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ものすごい粘りだった。


ただお金を渡すのはよくないので、写真を撮り、写真撮影代を払うと、静かに立ち去っていった。
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歩いていく二人の背中を、しばらくボーっと見つめてしまった。


狩猟生活が厳しくなり、政府からの物資を待ち、村に出てきてマーケットで物々交換をし、さらには観光客の写真撮影代も収入の一部にせざるを得ない民族…。
村民宅の敷地内に勝手に入り、きつく追い払われたり、トラックの荷台では同じビニールシートに座るのを嫌がられている場面を見たこともある。

なにやら村人に文句を言われている様子の民族
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少数民族はこれからどうなって行くのだろう?




政府から配給されるソルガムを待つハマル族の人々
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配給を受け取ると、村から集落へと歩いて帰っていく。


昨日訪れたオモラテの少し奥の村では、近年、多くの人が飢餓により亡くなったという話を聞いた。
ここでも、配給なしでは、生きていくのは難しいのか・・・?


何らかの手を打ってでも伝統的な生活を続けられるよう援助をすべきなのか、村での定住政策を進めるべきなのか…。

彼ら民族からすれば、こちらが彼らをどうこうするなんて余計なお世話で、彼ら自身の意志が重要なのかもしれないけど…
すでに援助に頼っている部分があるだけに、これからどうなってしまうのか気になった。

自分のような旅行者に、お金や食べものを求めてくる民族の姿を見るのは辛いものだった。

民族は、民族としての“誇り”を持ち続けることができるのだろうか。


※何も調べず自分の勝手な意見を書いているけれど、お金や食べ物を決して求めてこない民族もいるし、写真を撮られることや、外国人自体を嫌う人々もいる。
表面を見ただけの個人的な意見です。


短期間であったけど、そろそろエチオピアを後にしようと思った。


・・・が、このあとが地獄だった。
炎天下で8時間のヒッチハイクをし続けるがトラックは来ず…
途中、子供たちが手伝ってくれたり、僕と遊んでくれたり・・・
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夜になり、ヒッチハイクを一緒に手伝ってくれた子どもの中の情報通っぽい子供が、今日は来ないだろうと言うので、仕方なく宿を取ることにした。
ちょうどその時、他の協力的な子どもが、まだ一台来るとの情報を持ってきた。
さらに待つこと一時間。
来たトラックは、今日は発車せず、明日の早朝出発ということ。

仕方がないので宿で仮眠し、翌朝4時出発のはずが、寝坊した奴がいて5時出発…。
このときなんと、昨日ヒッチハイクや交渉を手伝ってくれた少年二人が、朝4時という早朝にも関わらず、見送りに来てくれたのだ。昨日すでにガイド代は払い、これ以上は払えないと言っておいたのに、見送りの一瞬のために…。

エチオピアでは本当に良い少年ガイドに恵まれた。

トラックの荷台で子どもたちと朝日を迎え、コンソへと向かう。
次々と途中の村で子どもたちは降りて行くが、ほとんどの子が一人。
昨夜、他の村からトゥルミにやってきたときに、すでにトラックの荷台に乗っていた彼ら。
どこへ何をしに行っていたのだろう…
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みんな、向かい風に目をそらさず、ジッと進行方向を見つめていたのが印象的だった。

コンソでは、また良いガイドを捕まえ、うまくトラックを乗り継ぐが、エチオピア国境手前の町で、また行き詰まる。
国境に行きたい人はまわりにもたくさんいるのに、バスもトラックもない状態。需要と供給のバランスが取れてない…
誰かバス出せば儲かるのに…と思っていると、どこかから帰ってきたバスが。
みんなでバスに押し寄せ国境行きを頼む。
というか、みんな勝手にバスに乗り込む。
またバスの席取り戦争…
今回は、後方にドアのないバスだったので見事確保。
すし詰め状態ながらも、なんとか国境に到着した。



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オモラテ ~この旅一番の僻地~ 6月7日


4WDに拾ってもらい、オモラテへ向かう。

オモラテは1~2ヶ月前まで、民族同士の争いが勃発しており、行くことができなかった。
また、行った人の情報がなく、宿があるのかどうかもわからなかった。


おそらく、この旅一番の、未知の僻地になるオモラテ。
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分岐の村からオモラテに向かう途中、最初は民族の集落などを見ることができたが、しだいに集落もなくなり、ただただ大自然の中を4WDが走り抜けていく。
放り出されたら、絶対に戻れないな・・・。

そんな、期待と不安で訪れたオモラテ。

奥地ではあるものの、しっかり(といってもシャワーなどないし、部屋やベッドの質はひどいが)宿はあり、無事に寝床は確保できた。

さっそく、村を歩いてみることに。
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無邪気な子供たちと出会う。
奥地だけあって、擦れていない!?


オモラテの村で見れる民族は“ダサネチ”。
この村ではジンカやトゥルミのようなマーケットはなく、ダサネチの人々が住んでいる村だ。


少し歩くとすぐにダサネチと遭遇。
写真をお願いすると、やはり写真撮影代の“ブル攻撃”(ブルはエチオピア通貨のこと)が始まる。
しっかりお金を払って撮影。
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ダサネチは男性の頭の装飾(?)が特徴的。
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と、順調だったのだが、この村は子どもたちのパワー、執念がすごい。
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寄ってくる数と、ついてくる時間の長さが、他のどんな国の子どもより長い。
「僕と手を繋ぐ権を」常に争っている。
一時は、一人が僕の小指、一人が親指を掴むという“譲歩案”まで成立。

人懐っこくて、かわいい反面、断り続けてもお金やアメをねだり続けてくるので、ちょっと大変。



オモ川
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村のすぐ横を流れる川。
この川の下流域で、数百万年前の、さまざまな種類の化石人骨が発掘されており、古人類学上極めて重要な地域。

その後も、たくさんのダサネチ族と遭遇
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この地では近年、干ばつや飢餓により、多くの人が亡くなったという話も聞いた。

これから、少数民族たちは、どう生き残っていくのだろう・・・。



オモラテに一泊し、明日、月曜のマーケットに合わせトゥルミに戻る。


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エチオピア名物!? 6月7日

ジンカからトゥルミに移動するため、途中の分岐の村まで公共バスがあるので、使うことに。
(ヒッチより安い)


エチオピアのバスは朝早い。

これもエチオピアの噂として聞いていたことのひとつ。
しかし、それだけではたいした噂にはならない。

なぜ有名なのか。

「超早朝」、「大戦争」なのだ。
前売りなし、早い者勝ち。


どういうことかというと、朝早くからバス乗り場の門の前で待ち、門が開いたと同時にバスに向かって走り、席取り合戦をするというわけだ。

5時半ゲートオープンと聞いていたため、5時前にゲートインしておいた。
競馬かい!

門の最前列。
緊張が高まる。
鼓動が高鳴る。


…5:30。
ゲートオープン!

各馬・・・もとい各人一斉にスタート!


これが本当に本気のマジな全力疾走。
速さは徒競走、入り乱れ具合はマラソン大会のスタート直後。


3番目でバスに辿り着く。
いける!

が押し合いへし合いで5番目くらいに成り下がる。

まだいける!

しかし…

三番目くらいの奴がなかなか中に入ろうとしない。

「早く入れ!」

と、ふとバス後方を見ると、後方のドアも開き、後ろから次々と乗り込む輩が…


まさかこいつら…グル!?

後続を止めてる間に後方ドアから入り席を取る作戦か!?

すなわち、せき止め係と席取り係か…
うまいこと言ったもんだ。

で、そのおかげで、こちらはうまいこといかず…

結局、3番手でバスに辿り着いたのに、席を取れず、席取り請け負い係の少年から席を買うことに…

そう、席取りを代行し、お金をもらう少年たちがいるのだ。
つまり、席取りが彼らの仕事。
言ってみれば、イス取りゲームのプロ。


席取り代行の存在を知ってはいたが、挑戦したかった…というより席を取れる自信がマンマンだったので、エントリーしたのだが、惨敗…

元体育会系の男としての自信は、ガタガタに砕かれ、そして進む道はやっぱりガタガタ。
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エチオピア南部はとにかく道が悪い。
舗装路が少ないのだ。

そのため当然、激しく揺れる。

そりゃもう、酔う人がいて当然。

そして当然のように運転席横にはゲロ袋の束が完備されている。


ヘルプの一声がかかれば大急ぎで、バケツリレー方式で「ゲロ袋リレー」。


んでもって、旅人の間で、「見た目は雑巾、味はゲロ」と表現されることもある食べ物、「インジェラ」を主食とするエチオピア人が、「見た目も味もゲロ」の、正真正銘のゲロを繰り出す。


■インジェラ
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テフという穀物の粉を水で溶かし、それを発酵させ、薄く焼いたもの。クレープのような外見だが、クレープよりも気泡が多く、触るとスポンジのよう柔らかく、少々湿っている。形も簡単に崩れる。
味は、酸味。ただ酸っぱくて不味い。ただただ不味い。エチオピア人以外にはだいぶ評判が悪い。
スープなどにつけたり、肉などの具を包んで食べる。

ちなみに、僕は最初にインジェラを食べたとき、あまりの不味さにため息をついてしまい、横のエチオピア人に「どうだ??おいしいだろう??」と冷やかされ、笑われた。
味あわずに流し込む戦法で完食はしたが、相当きつかった。

が。。。仕方なく何回か食べているうちになぜか好きになってしまった。
こんな感じで最初は食えたもんじゃないと思っていても、次第に好きになってしまうのが、インジェラという食べ物らしい。
何人もの旅人が同じように、途中から好きになってしまったと言っていた。


そんなこんなで、分岐の村へ到着。

実は、コンソからジンカへバスで向かう際、この村で小休止があり、実は、この村で降りるのは二度目。
前回、寄らせてもらったお宅へ挨拶に。
というより、ここからはヒッチハイクのため、助言をもらいに行った。
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コーヒーを飲み、カートを噛みながら話をする。
カートといえば、イエメンの日記で紹介したが、皆さん覚えていますでしょうか?
噛むとハイになると言われる葉っぱです。
麻薬ではありません。
エチオピアでは、“チャット”と呼ぶようでした。

そして、もうひとつ面白い文化を発見。
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う○こ?
にしか見えないんだけど、これは、と呼ばれる、火にかけて、その煙の香りを楽しむもの。
お香のようなもので、香りは“サンダル”に近いようなニオイ。
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そんなこんなで話していると、やはり次の町まで行くトラックが来るかは運とのこと。

会話も楽しかったし、気長に待っていると、偶然、4WDの運転手からお声がかかる。
基本的には“いすず”と呼ばれるトラックでしかヒッチハイクはできないのだが、乗せてもらえることに。


彼らは僕が行こうとしていた村「トゥルミ」よりさらに奥の村まで行くという。
トゥルミの一つ奥の「オモラテ」という村にも、そこでしかなかなか見れない民族がいて、興味があったので、予定変更。
そこまで連れて行ってもらうことに。

今日はそこで一泊し、明日の月曜マーケットに合わせ、トゥルミに戻ってくることにした。




オモラテの村、観光記はまた次回…



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ムルシ探し難し 6月6日

ジンカの土曜マーケットに行きたくて、国境から必死にヒッチハイクをした。

コンソからジンカへは公共交通機関であるバスで移動。

そしてジンカに到着。


すでに始まっているマーケットを目指す。
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マーケットへ来たかった理由は、ショッピングではない。
マーケットの日になると、村にやって来る民族をみたかったからだ。


そして、このジンカの村で見れるのが、ムルシ族。

ムルシ族の女性は、下唇に皿をはめていることで有名。
なんとなく知っている人も多いのではないかと思う。


さっそくマーケットを歩きまくり、ウィンドウショッピングならぬ、ウィンドウムルシ。
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ムルシさ~ん
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どこですか~??

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お~い。

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どこ~??

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う~ん・・・

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歩き回るけれど、なかなか見つからない。

他の民族さんたちには、チラホラ会う。
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マーケットの日に来ると説明したが、絶対に会えるわけではない。
来ないときもあるようだし、来ていてもタイミングが悪かったりすると会えない。
前に行った人は二回もマーケットに行ったが会えなかったという。


その後も探し続けるが会えない。


やはり、現地人に聞くしかないな。

ここで活躍したのが彼。
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自称学生ガイドのテディくん。


エチオピアの民族巡りは、ときに現地のガイドを使ったほうがよい場合があるとの情報があった。
ガイドといっても自称であり、ただの現地人の子供や学生が多い。


そして、その中でも、いいガイドと悪いガイドがいる。
彼がどちらなのかは、後から述べるとして…


さっそくムルシ探しを依頼。
マーケット中心部から聞き込み捜査。
しかし、捜査は難航。

テディ警部によると、やはり必ず会えるわけではないと言う。

ここで捜査路線を変更。
テディ警部が最新情報を公表。

ムルシはお酒好き☆

ここから怒涛の飲み屋巡り。
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いわゆる“はしご”。

しかし、それでも見つからない。

ジンカに着いたのは14時近くだったし、もう夕方近くになってきたから、すでに集落に帰ってしまったのだろうか…


と、その時!


テディが走る!

何やら他の民族より着衣が少ない民族の一団が…

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ん?
なんか口元がペロ~ンな人が…(中央の緑のシャツを着た人)

もうちょっと寄ってみよう!

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ムルシだぁーー!!

ムルシ発見☆


さっそくアレをハメてもらうことに。

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よいしょっと。


へ~んしん!!
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完成☆



おお!!そんなとこにそんなモノがハマってるぅ!!



一緒に記念撮影!
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■記念撮影について
エチオピア南部では、民族を撮影する際に、お金を払う。
通常は一枚(1ショット)、大人2ブル、子供1ブルなのだが、撮る前にいくらか聞いておかないと5ブルと言われたりする。
最近は、最初から4、5ブルと言ってくる民族も増えている。
(1ブル約)
民族も時代の変化により、生活様式も変わり、この記念撮影料金も一つの収入源になっている。



ここから輝きを見せたのがテディ。
彼は、ムルシと現地語で話し、彼らの気をひきつけておいて、その間に、写真をたくさん撮れと僕に指示した。
お金を払った相手だけでなく、まわりにいる他の奴らもバシバシ撮れとも言った。

指示どおり撮りまくらせてもらった。
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途中、バレそうになる。
すごい勢いでムルシが迫ってくる。
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腕をつかみ、「お前、今、二枚撮っただろう!合計で10ブルだ!!」
と言ってくる。
もちろん、皿はハマッたまま。

言葉はわからなくても、さすがにこの場面では何を言ってるかわかった。
が、とぼける僕とテディ。
ムルシにカメラの画像チェックをされる。
DSCF7274.jpg

横から別の奴が、「これ俺も写ってるだろ!はい、2ブル!」

“俺も写ってる”ってあんた…勝手に入ってきたし、端っこで顔半分切れてるし、半目だよ?

ムルシはなかなか凶暴で、グイグイ腕を引っ張ったり、テディは叩かれてもいた。
ひかないので、何ブルか払って、テディと一緒に、その場を逃げた。

とはいえ、相当写真を撮った。
ちゃんと一枚ずつ払ってたら20~30ブルはかかっていただろう。
その後も他の民族も、同じ“おとり戦法”で写真を撮りまくらせてもらった。
DSCF7319.jpg
“おとり”になるテディ。

DSCF7345.jpg

DSCF7316.jpg

DSCF7277.jpg

DSCF7348.jpg

DSCF7344.jpg

テディは明らかに、よいガイド。
ガイドはたいてい、一定の仕事が終わると「はい、ガイド代」って感じだけど、彼は最後まで自分からガイド代をせびることをしなかった。

普段は靴磨きの仕事をしているというので、靴を磨いてもらい、ガイド代を上乗せして、払うと、決して多くないお金に不満も言わず受け取ってくれた。
DSCF7456.jpg

DSCF7485.jpg


ヤベロでヒッチハイクを手伝ってくれた彼といい、このテディといい、よいガイドに出会えたおかげでムルシに会うことができた。

周辺の村でも、曜日ごとにマーケットが行われている。

次は月曜にマーケットが開催されるトゥルミという村へいく



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原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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