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インドに感謝。 

インドの旅を終えて・・・

インドには様々な思いを持って入ってきた。
いろんな先入観があった。
特に強かったのはマイナスなイメージ。
汚い、盗難などの犯罪が多い、空港からのタクシーが信用できない、嘘つきだらけ…

これらは間違っていなかったものもあるが、運よく犯罪の被害には遭っていないし、そこまで嫌と思うこともなかった。

それまでの旅で汚なさには十分慣れていたし、嘘つきや騙しはインドに限ったことではなかった。
どこでも、嘘つきや嫌なやつより、親切ないいヤツの方が多いことはもう経験していたし、どんな人とのやりとりも楽しめるようになっていた。

それでも、驚きはたくさんあった。

野良牛、野良人、カーストによる貧困、意味のないよくわからん嘘や、意味のないよくわからん絡み。

さっき、どんな人とのやりとりも楽しめるようになったとは書いたものの、思い出してみると、やっぱり数回はキレた。

インドに来てキレない人がいたらすごいと思う。



インドに来た人は、インドを大好きになるか、大嫌いになるかのどちらかだ。ということをよく聞く。

僕の知っている人でも二度と行きたくないという人が数人いる。
犯罪や汚なさ、人や町のうるささが主な原因だ。


僕はというと、2ヶ月以上滞在した今、とにかくインドが好きだ。

良いところもむかつくところも含めて、そのカオスが好きだ。

人生で最低一回は、またインドに来る。


では何がよかったのだろうと振り返ってみると、大きく二つの理由がある。



一つ目の理由は、インドの持つ多様性だと思う。

インドは広く、全土をしっかり回るには最低でも約半年くらいは必要だと思う。
僕はデリーからコルカタを結ぶ定番ルートと、デリーより北のラダック地方と、その麓の町にしか行っていない。

南インドはシーズンが合わなかったが、海に面しているところも多く、シーズンにはパーティが行われるところもたくさんあり、また違ったインドの顔を持っている。

インドは広い。そして、本当にたくさんの顔を持っている。
地域によって変わる、地形、気候、宗教、人種、文化…。
ところ変われば、まるで異国に来たような錯覚にさえ陥る。

それが面白かった。



2つ目は、知識・学びの宝庫という点。

上で書いたように、国土が広く、地域性が様々で、文化も他国と比べ「特に特質」なので、学ぶことも多い。

マザーテレサとマザーハウス、ダライ・ラマとチベット問題、カースト制度と貧富、ヨガ、瞑想、太鼓をはじめとした多種多様な楽器、同じくヒンドゥー、シーク、ジャイナ、仏教などの宗教…。

本当にたくさんの学ぶべきものが転がっていた。

これから調べたい、学びたいと思う、学びのきっかけ、ブックマークになるようなものがたくさんできた。

僕は、「沈没」といえば思い浮かぶのはインドで、さらにそのイメージは麻薬による沈没だった。
確かにそういう人もいたが、それよりも遥かに、目的を持った長期滞在をしている人が多かった。

ヨガを習ったり、ボランティアをしたり、楽器を作ったり習ったり、宗教や言語の勉強をしたり。

そういう目的を持った長期滞在をしている人が多くいた。

だから、おのずといい出会いもたくさんあった。
いろんな感性や考えを持った人と接することができ、自分もたくさんの刺激を受けた。


僕自身は、マザーハウスのボランティア、ビパッサナ瞑想、ダライ・ラマティーチング、それとヨガをちょっと体験したくらいだったが、それでもそれらを経験したことで、この長旅の中で一番自分が変化した時期が、このインドでの2ヶ月になった。

その変化は、長旅の最後で今までの旅での経験の積み重ねがあったから、ということでもあるけど、インドという国の力がかなり大きいと思う。




インドを旅の終わりに選んだことは、自分にとって最良の選択だったと思う。

インドは、僕の旅の総仕上げをしてくれたと思っている。

文化や出会いにより、たくさん学んだり、これから学ぶための、学びのブックマークをたくさん作ることができた。

やりたいことが増えた。

日本に帰って頑張ろうという活力がどんどん湧いた。

いい状態で日本に帰れる。

そう思わせてくれたインドに感謝。



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アフリカ大陸縦断を終えて 7月8日


アフリカには今までの旅とは違った何かがある。

「アフリカ」
その響きは僕にとって、ずっと特別だった。

小学校とき、お腹が膨らんだ黒人の子どもが写ったユニセフのポスターを見た時の衝撃…
テレビや本で見る、飢餓、病気、孤児…

大自然、野性動物、民族…

とにかく一番「未知」だったのがアフリカ。



だからこそ、この旅で絶対外せなかったのがアフリカ。
世界一周する旅人でも、アフリカは行かない人は多い。

一番の理由は治安だろう。そして同じくらい怖いのがマラリア。
それでも、やっぱりアフリカに行きたかった。
だから、ここまでしっかり沈没せずに来た。
ヨーロッパも削った。


アフリカに行けば何かがある。
アフリカに行けば何かが変わる。

環境に、自分の変化を任せるのは甘い考えだと思いながらも、アフリカには、それを期待してた。

そのアフリカ縦断を終えて…

アフリカ大陸縦断といっても僕はケニアから入ったため、エジプト・カイロから南下する、完全なアフリカ大陸縦断ではない。
しかし、ケニア・ナイロビからタンザニアに南下後、再びナイロビに戻り、エチオピア南部少数民族巡りをするため北上して、またまたナイロビに戻り、ウガンダ~タンザニア~ザンビア~ナミビア~南アフリカと南下した旅は、十分に濃い旅となった。

エチオピア~ケニア間の世界一ハードと言われるローリー移動を往復したし、安全な町などないアフリカで、強奪に遭った何人かから直接話を聞き、いつも恐怖に脅え警戒しながらも、襲われないよう胸を張って歩き、なんとか一人で無事に南下してきた。
これは、旅人として、すごく自信になったし、おおげさかもしれないけど、度胸と注意力も今まで以上についたと思う。


アフリカでは、どれだけ現地に入っていけるかということが、ひとつの旅の目標だったけど、それも自分の中では達成することができたと思っている。
特にエチオピアでは、現地に入っていくことができた。
エチオピア~ケニア間往復のローリーや、エチオピア南部のヒッチハイクでは、現地人と協力したり、助けてもらったりの連続で、自然と現地人と絡むことが多かった。


これができたのは、アフリカの旅では、ほとんどの時間、一人で旅していたことが大きいと思う。
盗難や強盗・強奪を避ける可能性を高めるには、なるべく旅人同士、何人かで一緒に動いたほうがいい、というのが、バックパッカーの中では一つの常識であり、特に危険と言われるアフリカを、一人で動くのは危険であるけれど、アフリカを旅する旅行者自体が他の大陸に比べ少ないし、あるイベント(もう先に記事を更新してしまったので…。→これはインドの日食のこと)に向けて旅を急いでいたので、一人で旅をした。
(※とはいえ、複数人で行動していてもやられる例は多い…)

また、一人のほうが、現地に入って行きやすいし、またアフリカの旅を一人でやりきることで、大きな自信になると思っていたから、一人で動き続けた。

リスクはあったけれど、だからこそ、達成感や自信につながった。


アフリカでは、治安だけでなく、マラリアの恐怖とも戦い続けた。
マラリアにかかった人の体験談は凄まじいものだった。
想像を絶する。

毎晩、必ず蚊帳に入って、蚊帳内をチェックして寝たし、マイ蚊帳、強力殺虫スプレー、蚊取り線香も購入し、いつも持ち歩いた。
しかし、絶対に蚊に刺されないことなど無理で、蚊に刺される度、一週間~10日後のマラリア発症に怯えた。
さすがにウガンダ奥地の孤児院に行く際は、マラリア予防薬を週1回飲んだし、マラリア治療薬(病院までのつなぎ)も途中で購入した。
マラリア予防薬は、頭痛、悪心、うつなどの副作用が出るといわれるが、僕はこれらの症状は出なかった。代わりに、副作用によるものかわからないが、薬を飲んだ2~3日後に悪夢を見て、夜目をさますと、あらゆる音が自分を襲ってくるような恐ろしい感覚には数回なった。


マラリアと治安に脅え、最善の注意を払いながら進んできたアフリカの旅は、やはり他の大陸よりも自由な動きはできず、行動が制限される場面は多かったが、それでも、たくさんのいい体験ができた。


エチオピア南部では全く言葉の通じない民族と、笑顔と身振り手振りで対話をすることができたし、見返りを全く求めない少年たちの優しさにも出会えた。
ウガンダの孤児院では、アフリカの底辺地域の生活に触れ、子どもたちの肌に触れ、考えさせられることも多かった。

これまでの旅とは違った旅ができたこと、そして、運も良く、なんとか無事にアフリカを脱出できて、アフリカの旅はとても満足なものになった。

喜望峰に立ち、その海の先に見た青い景色と、そのときの達成感は、きっと忘れられないものになるだろう。

やっとここまで来た…。


そして、いよいよ僕の旅は最終章へ…


旅はまだ続く…




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ヨーロッパ編(!?)おしまい。

スペイン、モロッコ、ロンドン…

結局、世界一周の旅・ヨーロッパ編は、3ヶ国。
それも、そのうちの一つはアフリカ大陸で、 さらにもう1つの国は空港泊を含め3泊のみの滞在。

そして、この中で一番印象深いのは、モロッコ(非ヨーロッパ)。
ここまでの旅の中でも、1・2を争うほど印象深い。砂漠、広場、メディナ、少し懐かしいアラブの文化、旅人との再会と出会い…
その後に控えた、物価の高いロンドン、危険なアフリカ大陸に行く前のオアシスだった。


旅に出る前、見たい場所が多く、行くところをなかなか絞れなかったのが、ヨーロッパだった。
しかし結局、ヨーロッパ観光に当てた日数は、2ヶ国4都市で10日間。
スペインに入った際にも書いたように、お金の問題もあったけど、結局は、この旅では、ヨーロッパよりも、他に行きたいところがあったから。
他に時間をかけたかったから。
正直、今の自分は、あまりヨーロッパに魅力を感じなくなっている。

この価値観の変化は自分でもおもしろい。

・キレイなところより泥くさいくらいのところが好きになった。
・日本とのギャップがより大きそうなところに興味をひかれるようになった。
・予期せぬことが、より起こりそうなところに惹かれる。
・人が、都会的でなく、忙し過ぎない場所が好き。

いつの間にか、変わっていた旅の価値観。

スペインからジブラルタル海峡を渡ってモロッコに入り、物売りや客引きが寄ってきたとき、うざったいというよりも、生き生きし始めた自分に気づいたし、モロッコ・マラケシュからロンドンに飛ぶ時も、寂しさばかりが膨らみ、ロンドンへの期待感はしぼんでいた。

ヨーロッパの先進国では町を歩いていても、あまり声をかけてくる人はいない。
しかし、まだ先進国とは呼べない国々では、町を歩けば物売りだの客引きだの、さかんに声をかけてくる。
面倒くさいと思うことも多いけれど、嫌いじゃなかったりする。

でも、裏を返すと自分って結局、「受け身」なのかもということにも気づいた。
ヨーロッパを楽しめないのは、自分から「現地」に入っていっていないから、なのかもしれない。

やっぱり旅をしていて、一番面白いとき、幸せなときは、「人」と接しているとき。

人にもっと入り込んでいけばヨーロッパでも、楽しさをもっと見つけられたのかもしれない。


次の大陸はいよいよアフリカ。
アフリカは危険だけれど、どれだけ自分が現地に入っていけるかで、旅が大きく変わると思う。
旅人も多くなく、未知の大陸だけれど、この旅のメインイベントでもある。

安全に、でもディープな旅を目指して、清潔、紳士的、元世界一物価の高い国から、ブラックアフリカへとフライトします。


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アラブよさらば。

約2ヶ月間、旅をした中東を離れる。
イエメン、UAE、ヨルダン、エジプト、シリア、レバノン、イスラエル、トルコ・・・8カ国を回った。

宗教、遺跡、自然、人・・・ここでもたくさんの出会いがあった。
旅人との、大陸を越えた再会もあった。
再会の旅に、懐かしい顔に感動し、お互いの旅について語り合った。
このブログを見てくれているという他の旅人にも会った。
僕が、勝手気ままに綴っているこの日記を定期的に見てくれている人がいるというのは、こんなに嬉しいことはなく、本当に励まされたし、これからもしっかり書いていこうという気になった。ちゃんと遅れずに・・・。

そんな中東の旅の中では、特に、宗教や平和について考えさせられることが多かった。

イスラエルを訪れた際は、三大聖地ということで、キリスト教、ユダヤ教にも少し触れることができたが、ここで意味する「宗教」は、イスラム教との出会いのことだ。
中東での旅は、イスラム教とともにあった。
日の出後から、日没の後までの5回のアザーン(町中に響く礼拝の呼びかけ)、頭から足元まで、黒い布を纏った女性たち、男性が被るカフィーヤや、白いムスリム服、異教徒の旅人にも“与える”文化・・・。
困っていると丁寧に道を教えてくれるし、時には、物をくれることもある。お茶をおごられることもある。
彼らが煙草を吸う際には、必ず「吸うか?」と1本差し出してくる。
町を歩けば、明るい笑顔とともに、いろんなところから「WELCOM TO ○○」と言葉をかけられる。
イスラム圏の人々は、本当に旅人に親切だと感じた。

また、イスラム法では、人の物を盗ることはとても重罪とされており、窃盗で捕まった場合、罰として、手首ごと切断される。
現在は、国で定められた法律により裁かれるため、そのような罰が下ることは少ないようだが、それでも、イスラム教において“盗み”が大罪であることに変わりはないようで、盗難の被害はとても少ない。
盗難・強盗が非常に多い中南米からやってきた僕にとって、そういう面では、中東はとても旅のしやすい地域だった。
これまでのように、バックを体の前にかけて動くことも少なかったし、バス内や宿での警戒も少し弱まった。

このように、全体的に、中東ではかなり安全・安心の旅ができた。

しかし、一般的に、そのイスラム教についてまわる話題は、いつもきなくさいものばかり。
僕も、中東に向かうときには、恐怖感を持っていたし、中東を旅をしているときも、それが完全に消えることはなかった。

中東は、上で紹介をしたように、盗難や強盗に遭う可能性は非常に低い。
しかし、中東は“一発病”を抱えている。
中東と聞いて、多くの人が連想するだろう“爆弾テロ”のことだ。
以前ブログ記事内でも書いたが、実際に、僕が中東を旅しているあいだにも、爆弾テロ事件が起きた。(3月15日イエメン・サユーン アルカイダによる韓国人旅行者に対する自爆テロ)
3日前まで、その場所にいたという“ニアミス”だったことから、大きな恐怖を感じたとともに、イスラム教の宗派の複雑さ、聖典の解釈一致の難しさを改めて考えさせられた。

それでも、僕は中東を悪いところだとか、もう二度と訪れたくないところだとかは、まったく思わない。
テロなどの危険性はもちろんあるが、ここ中東にも、“日常”があり、普通の人々が、普通に暮らしている。
中東で起こる紛争やテロにおいて、被害に遭っているのは、このような普通の人々である。
“中東”が危ないのではなく、中東にいる少数の危険な集団が、平和を望んで暮らす人々の生活を脅かしている。
中東の人々のたくさんの親切に触れ、中東=危険なところ、重く、暗く、痛いところだとひとえに決めていた僕のイメージは変わった。

「中東はいい。」

「こんな中東のどこがいいんだ?」

「中東はいい。あんたはそこにいるからわからないんだ!」

中東に向かう飛行機の中で観た映画「ワールド・オブ・ライズ」の台詞を思い出す。
レオナルド・ディカプリオ扮する中東に駐在するCIA現地工作員が、現場を見ずにアメリカで勝手な指示を出し続ける上司に吐いた言葉だ。
そのとおりだ。

中東はいい。
宗教、民族、歴史、紛争・・・やっぱり複雑だけど、それでもやっぱり中東はいい。
逃げ場のない強い日差しの下、激しく乾いた大地に砂が舞い、町を歩けばアラブの音楽が聴こえ、香辛料の匂いが纏わりつく。
色のない殺風景な町並みが夕日で赤く染まり始め、やがて町中に礼拝の時間を知らせるアザーンが響き渡る。
最初は恐ろしくも感じられた風景たちが、中東の人々や文化に触れた今は、愛しくさえ感じられる・・・。

これからは、中東を恐れたり、勝手な恐怖のイメージを持ってしまうのではなく、もっと彼らのまわりで起きていることと、その背景を知る努力をし、彼らの平和に向けてできることを、わずかでもしていくことが大切なのかもしれない。
そんなことを考えながら、中東を後にする。



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南米と惜別・・・

唐突ですが、南米大陸を離れました。
すでに何日も前に、ブラジルから飛行機に乗って・・・

では、今、僕はどこにいるのか・・・。
飛行機に乗ってどこへ飛び去ったのか・・・。
・・・の前に、南米を離れるにあたって、南米での旅を振り返り、その思いを残しておこうと思います。(自己満足で)

■南米を離れるにあたって・・・
今回の僕の旅で、一番時間を取っておいた巨大な大陸、南米大陸。
その南米を3ヶ月間旅して感じたのは、自然の大きさ。
イグアスの滝や、ペリトモレノ氷河、フィッツロイ、ウユニ塩湖、チチカカ湖、アンデスの山々、などの見たこともない大自然と対峙したときは、自然の大きさに圧倒され、自分の小ささを感じた。
これらと向き合っている時間は、その自然に包み込まれ、心が洗われるような感覚になり、普段は考えないようないつもとは違った視点から、いろんなことを感じ、考えることができた。
また、マチュピチュ、ナスカなどの大規模な遺跡や、インディヘナのおばちゃんたちを見ると、歴史を感じずにはいられなかったし、土着の文化はそのまま生き続けて欲しいなと思った。
歴史という意味では、南米全体を通して、人々の歴史には、そこに必ず音楽があったことも知った。
フォルクローレ、ペーニャ、サンバなど。
国ごとに伝統的な音楽があり、たいていの場合、そこには音楽だけに限らず、人々の伝統的な踊りや舞いが存在していた。
カポエラやタンゴ、サルサなど。
このほかにも、宗教儀式用のものもあれば、人々の娯楽としてのものもある。
これは文章や写真では伝えきれない部分だが、南米の歴史は音楽や踊りなしには語れないと思う。
そして、それが現代の音楽に埋もれることなく、現在までずっと伝えられてきており、日常的に存在していることも、音楽と人との結びつきの深さを物語っていると思う。

と、いいことばかり書いても面白くないので、南米で嫌いになった言葉を紹介。
“アミーゴ”と、“現地人の日本語”。
アミーゴは、ご存知、スペイン語の友達という意味だが、どこを歩いていても、気軽に「アミーゴ!」と声をかけられた。
親しみを込めて、呼びかけてくることが多く、最初は僕も嬉しく感じて「アミーゴ!」と応じていたが、途中から、調子のいい使い方をする現地人がとても多いことに気づいた。
物売りが手っ取り早く仲良くなるために笑顔で「アミーゴ」。
ふっかけてきて、こちらが値切ると「アミーゴ」でなんとか押し切ろうとする。
値段をごまかそうとしてきて、こちらが怒ると「アミーゴ」でなだめようとする。
「アリガトウ」、「コンニチワ」、「トモダチ」も同じような場面で繰り出してくる。
“現地人の日本語”は、日本語に敏感な日本人の性質をつつき、客を引きつけるツールとして、商売上使えるものだから、まだ仕方ないと思うのだが(でも使われると一気に信用できなくなるけど)、「アミーゴ」、「フレンド」、「トモダチ」の乱用は、どうしても受け入れられなかった。
途中から、イラッとしたときには、「NO!アミーゴ!」「NO!フレンド!」と、否定するようにもなった。
僕は、・・・多分みんなも、“友達”と、“友達という言葉”はとても大切にしていると思う。
そんな大事にしている友達という意味の言葉を、初対面でいきなり調子よく、軽々しく使われることにものすごく抵抗があった。
この人たちは、自分の大切な友達を指す場合も、同じ言葉を使うのかなぁ・・・
南米に限らずこれからも言われるんだろうけど、南米はやたらと目立つ気がした。

もうひとつついでに悪いこと編。
僕は昨年12月、ボリビアで盗難に遭った。
そのことはもうブログでも書いているから詳細は省いてしまうけど、ここでまず伝えたいのは、南米を旅する他の旅人も何かしらの被害に遭っている人が結構いるということ。
僕が直接会った人の話だけでも、バック盗難、PC盗難、カメラ盗難、歩いていていきなり襲われそうになる、襲撃され大怪我&荷物全部盗られる、バスジャック・・・という被害に遭った人がいる。
人づてに聞いた話では南米で有名な手口、首絞め強盗(首絞めて、気絶してるあいだに身ぐるみ剥がされる)に遭った人もいるという。
自分のことや、それらの話を聞いていると、みんなかなり気を引き締めて行動している。
それでも、犯罪に遭ってしまう。
防ぎようのないものもやはりあるようで、運が占める割合もかなり高いのではないかと思うし、他の旅人もそういう意見の人が多い。
とはいえ、被害に遭えば自分の責任。
他人に迷惑をかけないように、これからも気をつけなくてはいけないなと思う。

また、旅人の話つながりで、南米を旅していて、日本人の旅人についても気づいたことがある。
南米でも、日本人のバックパッカーとの出会いがたくさんあったが、僕が想像していたよりも旅人の年齢層が高いこと、夫婦やカップルが多いことが特徴だったように思う。
年齢については30歳前後の人がとても多く、一度社会に出てから、仕事を辞めてきている人がほとんどだった。
また、出発前からカップルの人たちや、夫婦が多いのには本当に驚いた。
日本人宿に泊まると、だいたい、一組はカップルか夫婦の方がいた。
新婚旅行で世界一周という人たちもいれば、お互いもともと旅好きで、という人もいる。
異文化の中で毎日いつでも一緒だし、喧嘩も増えるんだろうけど、よい思い出になるだろうなと思った。
女性の一人旅もなかなか多いが、南米に来る女性パッカーは、だいたい、これまでに東南アジアやインドなどを一人旅した経験がある人が多かった。
また、世界一周の人は、やはり西回り(アジア方面からスタート)の人が断然多く、南米はクライマックスで、すでに旅の後半という人が多かった。

という具合で、いろいろありながらも、自然や遺跡、音楽に圧倒され続けた南米での3ヶ月間。
しかし、その3ヶ月という時間は、この大陸を見て回るには、あまりにも短かすぎたと思う。
南米は広い。南米だけで1年かけて旅してもいいと思う。
アマゾン、ギアナ高地、レンソイスマラニャンセス国立公園のラゴーア、ガラパゴス諸島の動物たち、日本刀で刺せちゃうくらい近くで見れるクジラ、ピンクイルカ、アナコンダ、綺麗と有名なコロンビアのお姉ちゃんたち、伝統を守り続ける僻地の少数民族、祈祷者シャーマン・・・
行きたくても行けなかった場所、会いたくても会えなかったものは、数知れない・・・。
南米にもっといるという選択肢もあったが、どこまで行っても見たいもの、行きたいところは増えるばかりでキリがない。
そして、僕のこの旅は1年という期間限定。
決めた期間内でいかに旅をするかというのも、ひとつの課題。
そして、いろいろなものを見ておきたい僕は、残念だけど、先に行かなければならない。
次の場所へ、前へ進むことを決めた。


そして、僕が次に目指すのは中東。
何の中の、何の東なのか知らないけど、ヨーロッパを経由して、グルッと中東までいっちゃいます。

というわけで、今回またまた文章だけのつまらない更新になってしまいましたが、次回更新から、舞台は中東。
新しい旅の便りを発信していきます。

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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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