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レバノン ~消えない戦争の爪痕~

レバノンへは通常の1ヶ月ビザが、無料では取れなくなっているので、48時間(3日滞在OK)の無料トランジットビザで入国。

ベイルートに到着
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ベイルートはレバノンの首都。
1970年代前半までは、中東のパリと呼ばれるほど、経済の中心地として栄えた。

しかし・・・
1975年、レバノン内戦が勃発。
キリスト教vsイスラム教の戦争だ。
これによりベイルートは東西に分断され、約15年間、激しい戦争が展開される。
さらに、その間、イスラエルによる爆撃があり、ベイルートは瓦礫と化した。

その爪痕は、今でも、町の至るところに生々しく残っている。
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壁に見えるポツポツした丸い跡は、すべて、銃弾によるもの。
いまだに、町には、銃弾の痕が残る建物がたくさん残っている。

内戦終結後は、外交面、経済面ともに、少しずつ復興を遂げ、中東のパリと呼ばれたかつての輝きを取り戻しつつあったが、2006年、イスラエル軍兵士誘拐事件が原因で、イスラエル軍によるレバノン全土への空爆が起こり、現在も内戦の爪痕とともに弾痕が残されている。


ハリーリ前首相霊廟
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内戦終結後、順調に経済の再建を進めていた中、2005年にハリーリ前首相の暗殺された現場であり、霊廟。
この事件をきっかけに近年のレバノン情勢は悪化していった。

イスラエル軍の撤退後、ベイルートは再び復興に向けて歩みを始めている。
至るところで高層ビルの建設が行われ、まるでドバイのような光景だった。
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地中海に面した海沿いの通りでは、地元の学生が友達と話しながら歩く姿や、おっちゃんたちがシーシャ(水タバコ)をふかす姿があり、平和な時間が流れていた。


バールベック
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ベイルートから北東に90km、車で2時間、山頂に白い雪が残る山々に囲まれた場所にバールベック遺跡はあった。

最高神ジュピター、酒神バッカス、愛と美の女神ビーナス。
この3つの神に捧げた、3つの神殿から成るレバノン随一の古代遺跡。
肥沃な土壌に恵まれたこの地域において、豊穣の神バールに捧げる神殿として建てられた。

神殿入口
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大庭園
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水槽
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彫刻が細かく美しい。

バッカス神殿
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神殿内部
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巨大なローマ神殿跡。
柱も神殿も綺麗に残っている。
アテネのパルテノン神殿よりも大きく、ローマ神殿跡としては世界最大級。

6つの大列柱(ジュピター神殿)
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現在は6本のみだが、かつてはバッカス神殿以上の大きさのジュピター神殿が立ち、それを支える柱として、54本の柱が存在していた。
柱は高さ約20m、直径2.5mと言われる。


ビーナス神殿
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現在の遺跡の外にある。

バールベックは紀元60年頃から、2世紀以上に渡って増築、改築された。
現在残るバッカス神殿の形や、6本の大列柱から想像するジュピター神殿には、今はそこに何もないとはいえ、その壮大さに圧倒された。


シリアに戻る前に、トリポリという町でも1泊した。
レバノン第2の都市であり、その歴史はベイルートより古く、交易で栄えた港湾都市だった。

内戦ではトリポリも被害を受け、この町の建物にも弾痕が残っていた。
2007年5月には、郊外のパレスチナ難民キャンプでイスラム過激派と治安部隊が衝突している、
危険な場所ではあるが、レバノンの北の玄関口として利用する外国人は多い。

レバノンは総じて、人のよさを感じた国だったが、トリポリは特にそれを感じた。
歩いていて挨拶をされる数も多ければ、写真とってと言われることも多かった。



レバノンは内戦も未だ「停戦」という状態で、2007年も爆弾テロが続発し、イスラエルとの関係も非常に悪く、道の至るところに検問が張られ、各地にはパレスチナ難民キャンプが点在し、戦争をリアルに感じる国だった。

しかし、そこにも変わらない日常を願って暮らす人たちが住み、どこから来たのかわからない観光客に手を振ってくれるひとたちがいた。
そんな彼らだが、心のどこかでは、まだテロや空爆などに怯えているだろうか。
心のどこかに消えない恐怖の傷を隠し持っているんだろうか。
そんなことを考えながら、無事、レバノンを出国。

再び、北上し、トルコを目指す。


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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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