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きれそうなわたしの3日間

クリスマスを都会の街で、そして、日本人宿で迎えたい。
そう考えるようになった僕は、ブエノスアイレスを目指していた。
この時期は日本人パッカーは同じことを考えるのではないかと思い、
クリスマスの数日前に余裕を持って宿に入ろうと急いでいた。

そんな矢先、立て続けに事件は起こった・・・

ことの始まりはウユニ塩湖ツアーの最終日。
ツアー会社のミスからすべては始まった。


■1日目 サンドラ・トラブル
ウユニ塩湖ツアー終了後・・・
僕は、前日に「サンドラトラベル」というツアー会社に、国境の町までの電車の切符の手配を頼んでおいた。
そして、その切符を受け取るため、サンドラトラベルのオフィスで待っていた。
体中塩だらけ・・・。
昨日泊まった塩湖のホテルにシャワーはないから、服や体の至る所に、塩が白く乾いたシミができていた。
シャワー浴びたいな、でも今日も夜行列車だから無理だなぁ・・・。
そんなことを考えていたが、なかなか切符が来ない。
様子がおかしいと思い、スタッフに尋ねると、
「申し訳ないのですが、今日の列車のチケットはありません」
という。
「なぜだ?なぜだ!!」と問い詰める。
しかし、気まずそうにしていてハッキリ答えない。
「お金は払ったし、今日は列車の運行日なのに、なぜ!?」
そう、ウユニから国境までの列車は曜日によって運行されている。
今日は、確かに列車のある金曜日。
今日を逃すと、列車は月曜日までない。
そうこうやりとりしていると、
返金の用意をしながら、「明日のバスで行くしかありません」と言い出した。

これには、キレた。
ここで怒らないと絶対に向こうは動かない、と思いモーションとして怒り出したつもりだったが、
いつまで経っても、どうにかしようとしない態度に本当に腹が立ってきた。
結局のところ、依頼したチケットを取り忘れていたのだ。

たまたま、横にいた英語の喋れる雇われツアーガイドのジョニーに全てをぶちまけた。
「昨日接客をしたスタッフを呼べ」と言ったが今日は休みでつかまらない。
「なんでもいいから、今日の列車に乗れるようにしろ」と伝え、
向こうは、「切符の販売時間になったら、駅に行って切符を取ってくるから」と言い、
夕食で、いったんスタッフが外に出るから、また後でオフィスで待ち合わせすることになった。

しかし、こんなツアー会社に頼っていてはダメだと思い、自分で駅に行き問い合わせた。
「もう満席で切符はない」の一点張り。
「余計にお金を払ってもダメか?」などと、わいろを試みるが、あっさり撃沈。

この責任は、サンドラトラベルに取ってもらうしかない。
少なくとも、今日の宿代くらいは出させようとツアー会社に戻る。
そこには雇われガイドのジョニーしかいない・・・。
待つこと1時間・・・
待つこと2時間・・・
列車の汽笛が聞こえ、ついに列車の発車時刻が過ぎる。
待つこと3時間・・・
この日、結局サンドラトラベルのスタッフはオフィスに戻ってこなかった。
つまり、逃げられたのだ。

ジョニーは、いつのまにか完全に僕の味方になってくれており、
切符代を立て替えて返金してくれて、紹介してくれた宿では主人に値切り交渉をしてくれて、
最後にサンドラトラベルの机を、派手に蹴り上げてくれた。
引き出し全てが逆さまに床に落ちるほどの、かいしんのいちげきだった。
ボリビア版ちゃぶ台返し、スカッとした。

さらに極めつけはこの一言、
「これじゃサンドラ“トラブル”だな」
一本取られた。
笑っておいた。

ツアー会社に逃げられ、電車に乗れず、肩を落として、ひとり屋台で食べるご飯の冷たさときたら・・・
と思っていたら、もう一人、屋台で食べていたおばちゃんが話を聞いてくれ、
「あそこの会社は評判悪いのよ」と励ましてくれた。

悪いことがあっても、誰かに助けられるんだなぁ、としみじみ思った夜だった。

しかし、これが、ほんの序章に過ぎなかったことを、このときの僕はまだ知らない・・・



■2日目 神の見えざる手
翌朝、国境へ向かうバスは6時発だった。
バス会社に飛び込むが、もう席はないと言われる。
また1日待たなくてはいけないのか・・・!!
焦った。これではクリスマスに間に合わない・・・!!
「通路でいいから乗せてくれ!!」
なんとか了承を得た。
急いでバスに乗り込む。
混み合う車内、すでに通路にも人が溢れている。
「荷物はここに置け」と言われ、荷物を網棚に置き、そこから離れないように、ポジションを死守する。
しかし、相手のプレッシャーも激しい。
スクリーンアウトをかけられる。
ゴール下ならぬ、荷物下を制することができない・・・!!
まるでスラムダンクの世界だ・・・
と、まあそんなこんなでしたが、荷物は無事だった。

発車間際、乗車率200%の車内に、ひとりのおばあちゃんが乗ってこようとした。
しかし、バス会社のスタッフは乗車を拒否する。
驚いたのはその後、乗客が一斉に、
「ばあさん、もう乗れないよ!!早く発車しろ!!」と叫ぶ。

その後、バスが動き始めたため、そのままおばあちゃんは乗れたのだが、
みんな冷たいなぁ~と思った。

そんなこんなで、通路に立ち乗りしながら、
「これで約11時間耐えるのかぁ~」と思いつつ、
本でも読もうかと網棚の荷物に手を伸ばす。
バックを開けて手探りで本を探す。

ない・・・。

ナイ・・・?

71・・・!?

やばい、宿に忘れた・・・!!
僕は、バックの中に、さらに小さなバックを入れていることがある。
それを宿の部屋に置いてきてしまった・・・!!
バスは次の目的地まで2時間ある。もどかしい。
僕の様子がおかしいことに気づいた乗客たちが心配して、
言葉をかけてきてくれたり、みのまわりを探してくれた。
やさしいひとたちだなぁ~と心があたたかくなった。

ついさっきまでは、みんな冷たいなぁと思っていたクセに、自分も調子がいいなと思った。

と、その次の瞬間、自分の胸に突然穴が開いたような感覚とともに、
バスに乗り込んだときの映像がフラッシュバックする。
サスペンス映画のクライマックスのように・・・。

そして気づいた。
盗難されたのだ・・・。
この文章でいう、スラムダンクのくだりのところでだ。

僕がバスに乗り込む。
席がないため通路に立つ。
犯人のひとりが、バス会社のスタッフのふりをして、荷物の置き場を指定する。
そして、もうひとりの犯人が僕の後ろをわざと行き来しながら僕を押し、動けないようにする。
僕が一瞬荷物から目を切る。
そのほんの数秒の犯行だと思われる。
もしかすると、僕を動けないようにさせる人数はもっと多かったかもしれない。

僕に荷物を置けと言った人物も、後ろを行き来していた人物も、いま走行中のバス内にいないのである。
発車間際の混雑を利用した犯行だろうと思う。
もちろん旅行者を狙ったものだ。
おそらく、犯人たちは、前日の列車に乗れなかった国境越え旅行者が、このバスに乗るしかないことを知っているのだろう。
そして、この日は他にも欧米人パッカーの2人組が乗っていたが、
1人だった僕を狙ったのだろう。

いつも警戒はしていた。
人より警戒していた自信もある。
バックは必ず前にかけていた。
いつも南京錠をかけていた。

でも盗られた。
鍵については多分、ナンバーロックをずらしていなかったので、すぐ開いてしまったのだと思う。

主な被害としては、現金、トラベラーズチェック、電子辞書、撮影済みメモリーカード、日記、旅で出会った人のアドレス帳、日本から持ってきた友達や家族の写真などである。
パスポートやクレジットカードなど旅の継続に影響のあるものは、マネーベルトに入れていたので、無事だった。
現金も分散して保管しておいたが、そのバックの中に一番大金が入っていた。

盗られたほうが悪い。
旅人の中ではそれが常識。
そう思うから悔しかった。
この日は一日とことん落ちた。

一応、途中の町でバスを降り、町へ引き返し、宿をチェックしにいった。
当然あるはずもなく、また同じ部屋に泊まった。
昨日も同じ部屋で落ち込んでいたけど、今日はもっとひどかった。
昨日と今日と散々で、疲れ果てて眠りについた。



■三日目 そして不幸は続く・・・
とにかく先へ進むしかなかった。
一日ロスしたとはいえ、クリスマス前にブエノスアイレスに着きたかった。
選んだ交通手段は昨日と同じ時間の同じバス。
犯人が現れたら捕まえてやるという気持ちもあったし、
何より、同じバスに乗ることで、気分的に盗難を乗り越えたかった。

その日は、ラパスで顔を合わせたことのある、大学生の日本人パッカーと一緒だった。
彼はたくさん話をしてくれて、すごく救われた。

しかし、またまた不幸が起こる。
バスが止まってしまい、エンジンがかからなくなってしまった。
どうしてもブエノスアイレスに行くなってことなのか・・・?
修理の間、みなバスを降りて用を足す。
女性も少し離れたところで普通にしている。

1時間近く経ち、なんとか発車。
ウユニ周辺は有名な悪路。
列車だったら楽だっただろうに・・・と思いながら、
11時間、国境まで耐えた。

ボリビア~アルゼンチン国境を越え、日本人パッカーと別れる。
そしてまた、すぐさま、バスに乗り込む。
ブエノスアイレスまで24時間。
あとは、着くまで乗っているだけだ。
あるとしても、バスの乗り換えくらいだ。

と、思っていた。乗るときに到着時刻などを確認していた。
しかし、また、やられた。

夜中の2時、途中の町で降ろされ、バスの乗り換えかと思いきや、
「朝8時までバスは発車しない」

ここはどこだ? 「聞いたことのない地名。」
両替所、ATMは? 「この町にはない。」
アルゼンチンのお金をまだ持っていなかったので、買うにも何も買えない・・・。

なんとか頼み込んで、朝乗る予定のバス内で寝させてもらうことにした。
ドラマみたいに、雨が降っていた。
ひどく孤独に感じる夜だった。

それでも、あまりに疲れていたのか、いつのまにか眠りにつき、
起きた時には、バスはとうに発車し、あたりは明るかった。
窓の外を見ると、広大なひまわり畑を雲間から射し込む陽が照らしていた。
バス内では、乗客の年配夫婦が寄り添って寝ている。
きゃっきゃっと遊んでいた子供が目を覚ました僕に絡んでくる。

急に、幸せな光景が目の前に広がっている。
このとき、やっと悪夢の時間から抜け出せたのだと勝手に確信した。



盗難や強盗は、旅人のほとんどが遭遇する出来事。
僕がいままで会った旅人で、何の被害にも遭っていない旅人はあまり思い出せない。
ついに、僕にも“旅の洗礼”がやってきたのだと思う。
「体が無事でよかったよ」
そう言ってくれる人が多かった。
言われてみると、ほんとにそう思う。
気絶させられたとか、身ぐるみ剥がされて荷物全てを失った旅人もいる。
僕は、今回の被害で“すんだ”と思ったほうがいいのだろう。

落ち込んでいた僕にこんなことを言った人がいる。
「失くなったもの以上に、得ているものがあるはずだよ。」

そうなのかもしれない。
盗難に遭ってから、落ち込むと同時に、本当にいろんなことを考えた。
考えまくった。たくさん反省もしたし、いろんな人に感謝する気持ちも芽生えた。
いま思うと、うまくは説明できないけど、本当に得たものがたくさんある。

あまり引きずらず切り替えられたし、プラスに考えることもできた。
ウユニのツアー会社についても、切符を取り忘れたことと逃げられたことには腹が立ったが、
あの列車に乗れていればこんなことにはならなかったのに、とは不思議と思わなかった。

いま、これも旅のいい経験と本気で思っている。
“神の見えざる手”が、そうしたのだろう。
今回の盗難のことは、しっかり自分の中に吸収して、
また明るく元気に“気をつけて”旅を続けます!!



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ウユニ塩湖

「もう水、張ってるの?」

「そろそろ、張ってるんじゃない?」
「いや、まだ全然早いよ。まだカラカラらしいよ。」


南米を旅する旅人たちの間で、ウユニ塩湖の近況情報はいつも話題に上っていた。
そして、情報はいつも錯綜していた・・・。

南米旅行者は、北上組より南下組が圧倒的に多く、
ウユニを通って北上してきた人は希少だった。
皆が、これからウユニに行くため、必死に情報を集めようとしていた。

皆、「雨期のウユニ」が観たいからだ。

ウユニ塩湖は世界最大の塩でできた湖。
面積は約1万2000k㎡、塩の量は重さにして約20億トン。
乾期は湖面に塩の結晶ができ、見渡す限りの大雪原、ならぬ大塩原。
雨期はその結晶の上に水が張り、湖自体が巨大な鏡と化し、そこに空が写し出される。
その景色が絶景と言われる。

ウユニ塩湖の雨期は12月~2月と言われている。
しかし、雨期に入りたての12月は塩の上に、水が溜まっているかがまだ微妙・・・。
年によってその時期がズレるのだ。
皆、その水のたまり具合を皆、気にしていたのだ。

世界遺産でもないこの地を、旅のハイライトと考えている旅人は非常に多い。
僕もその一人だ。
ウユニを雨期に見るために、僕は東回りの進路を取った。

そして、ついにそのウユニに着いた。

ウユニの町は小さかった。
ナスカの地上絵を持つ、ナスカの町のようだった。
大都会ラパスから着いたから、そう感じるのではなかった。
人口約1万人、標高は3660mと相変わらず高い。

ウユニで目指す先はひとつ。
さっそく塩湖のツアーへ出発。
町から塩湖までは車で30分ほど。
近づくと、遠くからでも白い平原が見え始め、そこが塩湖だとわかった。
残念ながらまだ湖面に水は張っていないようだ。
車で塩湖の上を走り、ついに塩に降り立つ。

ついに来てしまった。
ウユニ塩湖へ・・・
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見渡す限り白銀の世界。
これは夢ではない、そして雪でもない。
塩なのだ。

頬をつねる代わりに、地面を舐めて確かめた。
しょっぺぇ・・・。
これは夢じゃない、塩だ!!
そう、僕は今、塩の上に立っている。
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ここに来た誰もがそうするように、僕も写真を取りまくった。
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小道具が少なかった&人数が2人だったので、おもしろ写真のバリエーションは少ないが・・・
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建物を食べてみた。


塩湖をテーマに遊ぶしかやることがなかったので、とりあえず少し歩いてみて、

りょーじは、あしもとをしらべた!!
なんと!「えんこのあな」をみつけた!

てをつっこみますか?
→はい
いいえ
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と、塩湖の穴に手を突っ込んでみると、スルスル腕が吸い込まれる。
これがなかなか深くまで手を突っ込めるのである。
もちろん穴の下は、冷たい塩の水。
そして、手で探ると、ゴツゴツしている部分がある。

ちょっとちからをいれればとれそうだ。
とってみますか?
→はい
いいえ

なんと!!りょーじは「しおのけっしょう」をみつけた!!

そうなんです。
塩の結晶が取れちゃうんです。
これに気づいた僕らは、砂場で遊ぶ子供のように、時が経つのを忘れ、結晶採りに没頭した。
その成果がこちら!!
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と、こちら!!
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塩湖に突っ込んだ腕の水分が乾くと真っ白に!!
もちろん全部塩です。


そして、日が落ち始め、影も長くなり、元から長い僕の足がさらに長くなり・・・
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塩平線に沈むサンセットを見届け・・・
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夕食を食べに宿に戻った。


僕が選んだツアーは1泊2日
宿泊するのも、塩の中。

プラヤ・ブランカ
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PC190520.jpg
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ウユニ塩湖の中に建つホテル。
建物自体、机、いす、ベッド、インテリア・・・
すべてが塩でできているホテルだ。
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塩の湖の上で、塩で作られたホテルで、塩に囲まれて眠る夜。
ロマンチックかどうかはわからないが、特別な夜になる。

はずだった・・・

このホテルには僕ともう一人の日本人旅行者、
それと、フランス人2人組が泊まっていた。
食事は一緒に摂るため、自然にお酒も一緒に酌み交わすこととなった。
僕らのカタコトの英語に嫌な顔ひとつせず、二人は付き合ってくれた。

はずだった・・・

カードゲームをし、お互いの国の話をし、4人は盛り上がった。
一人のフランス人が俺は先に寝ると言って塩の部屋に戻った。
そこからだった・・・。僕らが「付き合わされた」のは・・・

塩のホテルの中で購入したラム酒と赤ワイン(さすがフランス人)を、残った3人で空けようという「流れ」に何故かなり、
フランス人のマチュが、お酒を煽ってきたのである。
ラムの飲み方は、なぜかストレートかつ一気限定。
飲んだ、とにかく飲んだ。飲まされた。
塩湖の中心で、もう飲めないと叫んだ。

フランス人はお酒強いなと思っていた矢先、
彼は突然変異を起こした。
「ほろ酔い」から「泥酔」への突然変異である。
「月だ月だ!」と騒ぎながら外へ飛び出すし、連れ込もうと思えば抵抗するし・・・
日本での友達内の飲み会を思い出した。
どこの国にも愉快な酔いどれはいるものなのだなと思った。
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外から力づくでマチュを宿に引きづりこみ寝かしつけた。というよりぶん投げた。
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結局、マチュは塩のホテルの塩のベッドではなく、
塩のホテルの塩の床で、“文字通り”床につくことになった。
そして僕も塩湖の真ん中で眠りにつくという感動に浸る余裕もなく、
酔ったままリャマ製の毛布に沈んだ・・・


翌朝、起きるとそこには昨日と変わらず、ただただ真っ白な塩湖が広がっていた。
変わっていたのは、なぜかマチュが僕らの部屋で寝ていたことだ。
そんな彼が起きて最初に発した言葉は、
「ここはどこだ?」
である。
「塩さ」
とだけ、とりあえず答えておいた。
間違いではないはずだ。
そして、この日、彼は一日中吐き続けた。
塩湖を相手に彼のすべてを出し切ったようだ。

彼にとって塩湖はあまり良い思い出にはならなかったことだろう。
というか、そもそもその大半は覚えてさえいないのかもしれないが・・・

そして、翌日は、塩湖の中に浮かぶ(実際には浮かんではいない。こんもりと山がある)サボテンだらけの島へ訪問。
DSCF0066.jpg
うぽぽっ!!


そして、一部、水溜りになっている場所を発見!!
PC200001.jpg
雨期の終わりには、この鏡が塩湖全体に広がり、そこに空を映し出す。
完全に鏡にはなっていなかったが、少し雨期の雰囲気は味わえた。
これが湖一面に広がっていたら綺麗だろうなぁ~。
また、雨期に戻ってこようかなぁ~。
DSCF0061.jpg
なんて欲張りなことを考えつつ、ウユニ塩湖を離れた。


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デンジャラパス

ボリビアの事実上の首都ラパスに到着

標高3650m。世界一標高の高い首都である。 
コパカバーナとは打って変わって超大都市!!
やっとボリビアの色が見えてきた。

ボリビアについて知っていたのは
・南米最貧国
・治安が良くない
・この旅のメインディッシュのひとつ「ウユニ塩湖」がある。

こんなもんでした。

第一印象は
・ペルーより人のあたたかさを感じない。
・明るく陽気な感じがなく、暗い雰囲気。
・米の炊き方が下手。だいぶ水分多め。(標高の関係か?)
・女性(おばちゃん)が立ちションならぬ、座りションを普通にする。
 (長距離バスの休憩中や、街中でも・・・)

そんな良いイメージがないボリビアだけど、見所は多彩。
まずは、ラパス近郊の見どころへ訪問。
ラパスの町は、すり鉢状の地形を持つ。スタジアムのような地形だ。
町の外側から中心に向かって標高が下がっていく。
その中心部に高所得者が住み、働く大都会があり、
外に広がるにつれ、低所得者が住む地域になってくる。
そのすり鉢の一番外側、つまりの縁にあたる部分に、
まるですり鉢から溢れ出てしまったかのように、貧困層の町がある。
その町の名は、「エルアルト」。


エルアルト
ラパス中心部からの距離は約12km、中心部との標高差は約700mである。
人口は60万人といわれるが、いまだに拡大を続けているという。
この町で有名なのは、木曜と日曜に開かれる大規模な市。
市といってもただの市ではない。
世界でも有数の規模の泥棒市だ。
他国の首都や大都市にも、泥棒市があるが、
ここの市は僕も旅に出る前から知っていたくらい。
とにかく広くて、物が溢れている。

売っているものの一例は・・・
・古着などの衣類
・靴
・電機パーツ
・車のパーツ
・家具
・おもちゃ、ベビーカー
などなど・・・
うさぎまで売っているという噂もある・・・。

ちゃんとした新品のものや、新品だけど偽物のアウトドアウェアや靴などもあり、
どこまでが盗品かはわからないが、とにかく安いものばかり。
僕は少しくたびれてきていた靴を買った。
新品同様のナイキのスニーカーが300円~1000円で何足か見つかった。
ただ、一番有名なのは古着。
とにかく量がすごい。
有名アウトドアブランドのアウターが200~300円で出てくることもある。

ラパスで一緒にいた旅人は、
「盗品を買う人がいるから、盗難が減らない。どこかでこの連鎖を止めないとダメなんだ」
と、エルアルトの市には来なかった。

僕は靴を買ってしまったが、その人の考え方は素晴らしいと思った。
安ければ盗品でもいいという考えが自分の中にはあったと思う。
ただ、再利用、リサイクルで、貧困層が商売をできているという考え方ができる部分もあるのかなと思った。
とにかく難しい問題だと思った。


エルアルトの見どころは、市だけではなく、もうひとつ有名なのが、
「おばちゃんプロレス」。
内容は、その辺にいそうな民族衣装のおばちゃんが、普通にプロレスをするのである。
メキシコで、予定が合わず「ルチャリブレ」が観れなかったので、期待して見に行った。

民族衣装のおばちゃんが、マッチョな男を相手を投げ飛ばしたり、急所攻撃をしたり、
ガンガン攻めまくる場面はスカッとして気持ちが良かったが、毎試合、試合の筋書きが同じで、 最後はちょっとマンネリだった。
また、おばちゃんが普通に投げられて、わざわざパンツ丸出しになるのは、衝撃的な映像だった。


デスロードへ
さらに、ラパスでは、有名なツアーがある。
その名も「デスロード」。 訳すと当然、「死の道」。
そんな日本のマンガのタイトルみたいな、恐ろしい名前のツアーがある。
なぜ死の道なのか・・・

それは、年間200人以上が命を落とす危険な道だからだ。
車一台がやっと通れる道幅、未舗装でガタガタの砂利道。
霧雨と濃霧で視界は最悪、道のすぐ横はガードレールなしの約300mの断崖絶壁・・・
この道のうちの約70kmをマウンテンバイクで約5時間かけて下っていく。
そういうツアーだ。

まずは、車でスタート地点まで登る。
スタート地点は標高4000m以上。
曇っており、霧が立ちこめ、気温も低い。
冬用の防寒着が必要なほどだ。
慣らし走行も兼ねて、最初は舗装路をスムーズに下っていく。
30分ほど下って休憩をし、いよいよガタガタの砂利道へ突入。
いよいよデスロード、スタート!!

と、その直後!!

4台前の自転車が転倒!!
続いてすぐ後ろの一台も巻き込まれ転倒!!

ヤバい・・・!!

テレビのハプニング映像などの番組で、自転車が将棋倒しになっていく映像が頭をよぎる!!

が、その後ろの自転車が回避し、何とか難を逃れる。
この地点はまだ直線で傾斜も緩く道幅も広かったが、あと数メートル先だったら、
みんな仲良く谷底へ真逆さま。地獄へ真逆さまだったかもしれない・・・
背筋が凍る・・・

その後も延々とデスロードは続く。
猛スピードで下りながら、横目にはマチュピチュのときのような霧のチラリズムで谷底が見え隠れする。
少しずつ慣れ始め、狭いながらも、他の走者を抜かし始める。

このデスロードのコツは、とにかくブレーキングと、集中力。
どれだけブレーキを握らず急カーブを曲がれるか。
どれだけ集中を切らさず、道のゆがみや大きい石を回避できるかだ。
♪ブレーキいっぱい握り締めて、ゆっくりゆっくり下っていけば、谷底に落ちる心配は少ない。
しかしそれではスリルがなくてつまらない。
さらに、欧米人に抜かれて、久々に負けず嫌いの性格に火がつく。
得意の立ちこぎを駆使し、抜き返してやった。

ふっ、俺もまだまだいけるな。

途中、ランナーズハイだか、ドライバーズハイだかわからないが、自然に頬が緩んだ。
すぐ横には死への道が口を開けているというのに、気持ちよくて顔が笑ってしまうのだ。
アドレナリンが出まくりだったことだろう。
道の途中、いくつもの十字架が横目をかすめる。
しかし、もうすでに、カッパえびせんバリに、“やめられない止まらない”。
その後も、毎回先頭集団に混じって出発し、とにかく攻めた。抜きまくった。

このデスロード。
ツアー名とツアーメインのダウンヒルは恐ろしいが、待遇は最高。
休憩ごとにバナナやチョコ菓子、飲み物が出て、ウェア、手袋、ヘルメットは全部レンタル。
朝、昼とちゃんとしたご飯つき。
下り終えた後の昼食なんてバイキング形式♪
さらに運転中の写真や動画をCD-Rに焼いてくれて、記念Tシャツつき。

死への道だっただけに、終着点は、「極楽」だったというわけだ。


こうして、デスロードツアーにより、
死の道を這い上がり、極楽へ辿り着いたかと思ったが、この後また地獄へ逆戻り。
俺はカンダタかい!!(太宰治「蜘蛛の糸」より)

いや、まじめな話、笑えないのである。


刑務所入り
僕は刑務所へ入ることになってしまった。
入所したのは、ラパスの中心部にある「サンペドロ刑務所」。
収容人数は1500人を越える。(定員は250人らしいが。)
他にも外国人が入っている刑務所。

ブログの更新が遅かったのも、このページに画像が少ないのも、
実はここへの入所が理由です。

入所してすぐ、麻薬所持で捕まったポルトガル人の囚人がいろいろと教えてくれた。
話を聞きながら所内を見てまわったが、ここは僕がイメージしていた刑務所とは全然違う。
刑務所内に一つの社会ができあがっているのだ。

どういう意味か。
食事は自分たちで作り、洗濯も自分たちの手で。
刑務所の中で通貨が流通し、物の売買が行われているのである。
それは、まず牢獄の売買から始まる。
牢獄にもランクがあるようで、ベッドだけでいっぱいいっぱいの部屋もあれば、
テレビのある部屋もある。
良い部屋に入りたければ刑務所内で“稼ぐ”しかないのである。

どうやって稼ぐのか。
商店を営む者、床屋をやる者、レストランで働く者、様々である。

物資も、ハサミもない刑務所でどうやってそんなことが出来るのか?
物資や、ハサミが持ち込めるからである。
家族との面会時に受け取っているようである。
基本的には武器以外は持ち込みがOKということらしい。
さらに驚くのは、家族の持ち込みまでOKということ。
刑務所内で、普通に子供がはしゃいで遊んでいる。
これも収容定員の増えてしまっている一因らしい。

さらに遊べるのは子供だけではない。
刑務所内には、バスケットコート、フットサルコート、ミニライブ会場まである。
フットサル場ではカラフルなユニフォームを着た囚人たちがフットサルに興じている。
ミニライブ会場には、ドラム、ベース、ギター、マイク、アンプなど、しっかりと機材が揃い、 入所記念に演奏を披露してもらった。
この他、ビリヤード場、筋トレの器材もあるし、教会もある。

それでもここは本物の刑務所。
麻薬関係で捕まった人が大半を閉めるらしいが、殺人罪の人もいるという。
数週間前には、囚人同士の喧嘩で死亡者が出たという。

いったいどうしてこんな刑務所が存在するのか・・・
その理由は、国家財政が悪化し、刑務所へ予算が回らなくなり、運営ができなくなってしまった。
それで仕方なく刑務所は服役囚たちの力で運営しなければならなくなった。
そこで、刑務所が一つの社会になったということである。

その運営費を捻出するために、刑務所は観光事業を始める。
観光客相手に刑務所見学ツアーを考え出したのである。
観光客が警備に賄賂を払い所内を見学するのである。

そうして入所したのが今回の僕。
逮捕されたわけではありませんよ~。
ちょっと騙されました?
ただ、中は本物の刑務所だし、本物の囚人。
ガイドも本物の囚人でした。

しかし、本当に変わった刑務所だった。
お金が稼げて、家族も連れ込めて、遊ぶことだってできる・・・。
もちろんそこにはたくさんの賄賂が絡んできたことは言うまでもないが・・・
さらには、上物のコカインまで所内で普通に流通しいていて、ここで買って帰る観光客もいるという。
実際、僕も売買の話を持ちかけられました。

興味本位で見学をしに行ったけど、罪を償う時間を過ごす場所としては、正直どうなのかなと思いました。

普通に町や村のよう
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サッカーに興じる囚人たち
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音楽に興じる囚人たち
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商売をする囚人と買う囚人とその子供
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ラパス中心街にあるため、見上げれば高層ビルの頭が見える。
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このブログ記事は、主にガイドの話を参考に書いているが、
少し解釈が間違っている部分もあるかもしれない。
ということで、内情を詳しく知りたい方は、以下のような有名な著書も出版されている。
“Marching Powder :A True Story of Friendship, Cocaine and South America's Strangest”
かつて麻薬密売人として、ここで実際に投獄生活を送っていたイギリス人による自叙伝である。
残念ながら日本語には翻訳はされていないようですが・・・。


しかし!!
この本を原作とした映画「Marching Powder」が作成されているとのこと。
主演は、ドン・チードルらしいが、公開日、製作状況については不明。。。
日本に帰るころには観れるかな。

というわけで、街も見どころもデンジャラスなラパス。
そんなデンジャラパスを抜け出し、この旅のハイライトのひとつ、
「ウユニ塩湖」のある町、ウユニへ・・・


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神秘の湖 チチカカ湖 ~ボリビア編~

国境を越え、ボリビア側からもチチカカ湖へアクセス!!

コパカバーナ
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ボリビア側は、この国境から約8kmの町が、チチカカ湖観光の起点になっている。
ボリビア入国後訪れた最初の町だが、明るく陽気な雰囲気はなく、落ち着いた雰囲気の町。
アルゼンチン人の沈没組が多いらしく、レストランの客引きはほとんどがアルゼンチン人で、土産物屋もアルゼンチン人の手作りの土産物屋などを見かけた。
さすがにここはボリビアだから買わなかったけど・・・

コパカバーナからのチチカカ湖観光は、「太陽の島」が有名。


太陽の島
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コパカバーナから太陽の島へは約2時間。

この島では島の奥まで船で行き、帰りの船の出航時間までに島の手前まで戻るトレッキングをした。
またまた歩き続ける旅。
マチュピチュあたりから、歩くこと多いなぁ・・・
旅だから当たり前か。

正直、ここのトレッキングは辛かった。
上り坂中心の3時間トレッキング。
というより、標高の高さによる疲労の早さが原因だ。

トレッキング最中には、こんな似合わない取り合わせを発見!!
PC120642.jpg
豚に真珠。
じゃなかった、豚と浜辺。
波打ち際で、ブヒブヒとたそがれるブタでした。

どこから見てもチチカカ湖はでっかくて美しかった。
味は無味に近かったけど。


コパカバーナの町で泊まった宿では、展望台のような部屋に宿泊。
PC125358_convert_20081217114350.jpg
左の窓のところが部屋になっている。
サンセット、サンライズがとても美しかったのだけど、
それ以上に神秘的な現象を見てしまった。
この日はちょうど満月だったのだけど、なんと月のまわりに光の輪ができていたのである。

月の輪
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オーラがムーンムンの月。
標高の高さが関係あるのか、はたまたチチカカ湖の神秘か・・・
よくはわからないが、サンセットやサンライズにあまり感動しない僕でも、
この現象には心を奪われた。

実はこの現象を見たのは、僕のいとこと友人の、結婚式の前夜。
だから余計に神秘的なものを感じた。


チチカカ湖をペルー、ボリビアと、違った角度からのアプローチで堪能した後は、
ボリビアの大都市ラパスへアプローチします。


とうことで、みなさんメリークリスマス!!
ちなみに昨日も申し上げましたが、僕はボリビアにいるわけではありません。
時間差更新お楽しみに!!
よいクリスマスを!!


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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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