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ザンジバル島 ジャンビア~ニ 5月27~30日

ストーンタウンから二時間弱、ザンジバル島の東にある村、ジャンビアーニに到着。


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本当に“村”という感じだ。



木でできた家の作り、舗装されていない道路、裸足で遊ぶ子供たち。
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そしてココナッツの木に、この綺麗な海。
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他には何もない。
レストランも少ないし、あっても割高で、スーパーやネット屋もない。小さな商店が一軒のみ。
泊まる宿はまだできて 年の新しめの日本人宿。
日本人女性が働いているのだが、日本に一時帰国しているとのことだった。
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朝夜2食つきで、昼も、頼めばまわりのレストランに比べ安く食べられる。

宿には電気がなく、夜は一人一つのランプをもらう。
昼は引き潮の海に出てのんびりしたり、近所の子どもと戯れたりして、夜はランプで読書。
この田舎生活もなかなか。

・・・とはいえ、水着ギャルがいるようなビーチではないし、子どもと遊ぶのは体力と気力の限界がある。
本の数も限られているから、やっぱりやることが限られてくる。
よって、メチャクチャだらけてくる。

ここは、潮の満ち引きが激しく、ウニを獲りに行ったり、舟を浮かべて釣りに行き、それを宿で料理してもらう事もできるのだが、釣り経験もなく、海洋生物に触れる事が苦手なため、断念。

干潮時
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満潮に近い時間帯
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このザンジバル島の北には、ヌングイという欧米人のツーリストたちが褒め称えていたビーチや、ジャンビアーニを少し来たに行ったところには、パジェという、これまたビーチがきれいで整えられた村があり、これらの場所では、アクティビティの種類も多く評判もいいのだが・・・


お金かかってしまうし、もうこのエメラルドグリーンの海を眺められただけで満足。

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三泊して十分ゆったり感が味わえたので、ジャンビアーニを、そしてザンジバルを離れることにした。

ダルエスサラームに戻り、アフリカ大陸南下の旅を再開する。



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ザンジバル ~しばし楽園へ・・・~ 5月26日

ダルエスサラームに着いたのは、結局、夜21頃…。バスが遅れたのだ。

ビクビクしながらローカルバスに乗り、ビクビクしながら目的の宿を探し歩く。
満室…。

幸い近くの宿が取れ、なんとか安息の空間へ。

この宿以外には近くに宿がなかったため、入れなかったら・・・

ナイロビを抜け安心した旅人が、ダルエスサラームで強盗や盗難に遭うことが多いらしいのだ。


さて、テンションを上げて・・・

次の日、フェリーでダルエスサラーム東の小島、ザンジバル島へ。
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ダルエスサラームとはしばしお別れ。


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↑注:フェリー移動中の景色で、ザンジバル島ではない。


このアフリカの旅で、大きな楽しみの一つだったザンジバル島。
ダルエスサラームからフェリーで約3時間。
混沌としたアフリカのイメージとは程遠い、エメラルドグリーンの綺麗な海。
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ザンジバルに行ってきた旅人は皆、この海の綺麗さを、褒め称えていた。


ザンジバルに着き、船を降りると、なんとイミグレーションがあり、入島スタンプを押された。
ここは同じタンザニアなのになぜ?と思ったが、聞くところによると、ザンジバルは1964年まで独立国だったという。
その名残で残っているのだろう。

まずは、この島の玄関口となる町、ストーンタウンで一泊。


オールドアラブ砦
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18世紀前半、アラブ人が建てた砦。
ザンジバルは16世紀はじめにポルトガル領となり、17世紀後半から18世紀前半にオマーンの支配を受ける。その頃に建てられたもの。


同じ頃、オマーン人は奴隷貿易を始め、東アフリカから集めらた奴隷が、ここザンジバルの奴隷市場に集められた。
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ナイロビ、ダルエスサラームと、危険な町を通って辿り着き、楽園と思えるような綺麗な海を目の前に、ホッとひと安心した僕とは、まったく正反対の気持ちで、この海の景色を見つめた人たちがここにいたことを知る。



からゆきさんの家の跡にも訪問。
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今は単なる現地人の家だったけど。
からゆきさんとは、日本から外国へ売られていとた婦人のこと。
彼女たちはバーを営み、寄港する船乗りたちを相手に売春を行っていたという。
つい40年ほど前までここで生活していた。



ストーンタウンの町並み
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キリスト教のポルトガル人とイスラム教のオマーン人によって争奪された歴史を持つザンジバルは、キリスト教とイスラム教の建築が混在している。

ローマカトリック教会
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少し廃れた雰囲気が印象的な教会。

また、建物ひとつひとつも独特な色褪せ方をしている。
近代的な建築が少なく、歴史を感じる場所でもある。

街を歩いていて、会う人のほとんどがムスリム(イスラム教徒)。
アラブ人であるオマーン人の支配が長かったからではないかと思う。
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モロッコでイスラム社会とはお別れかなと思っていたが、さっそく再会。
アラビア語の挨拶も通じた。
やっぱりイスラム教は、中東や中央アジアだけでなく、広く信仰されているんだなぁ。


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明日は島の東のジャンビーアという村にある、1~2年前にオープンした日本人宿を目指し、少しゆっくりしていこうと思う。


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モシモシ、いまモシにいます 5月24日

北のエチオピア、西のウガンダ、どちらも行きたいところがあり、ナイロビ起点でのショートトリップを迷ったが、ナイロビから素直に南下。
最終目的地は南アフリカ・ケープタウン、喜望峰。
無事故、無違反(!?)を目標に、南下をスタート。


ナイロビを出て、タンザニアへ入国。
途中、バスの窓から、マサイなどの民族や、小さな村や、その家々を眺め、アフリカの田舎を感じる。
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タンザニアの事実上の首都・ダルエスサラームも油断できない危険な町。
夜間に着いてしまうことを避けるべく、間の町で一泊。


その町が、

モシ
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モシは、キリマンジャロ山の麓にある、人口10万人の町。
キリマンジャロ山登頂、キリマンジャロコーヒーが有名な都市だが、僕が着いたのは日曜日で、街は閑散としていた。


この時期は、雲がかかることが多いキリマンジャロ山。
夕方に少しだけ山頂を見ることができた。


この町は比較的安全だが、別の辛さが待っていた。

自称ガイド、コミッションマンが多いのだ。
町を歩けば、「何探してるの?」「どこいくの?」「手伝うよ?」と、勝手についてくる。
一人追い払っても、また一人…
連続・一難去ってまた一難。
彼らは、勝手についてきて、たいしたこともしてないのに、ガイド料を請求してくる。
これはアフリカに限ったことではないが、多さとしつこさがすごい。
次々と、断固拒否!!


また、この町は、「ラスタマン」も多い。
ラスタマンとは、ジャマイカ生まれのキリスト教宗派から派生した思想「ラスタファリズム」を信じる人々。(正式にはラスタファリアンという)
教祖は存在しないが、エチオピアのハイレ・セラシエ皇帝をジャー(神)の化身と信じる。

ハイレ・セラシエ皇帝は、1930年から、暗殺される1974年まで、エチオピア帝国皇帝として実権を握っていた人物。

ジャマイカ出身のレゲエシンガー、ボブ・マーリィーがラスタファリアンだったことから、ラスタは世界中に広まったとされる。

ラスタマンの特徴は、ベジタリアンで、ドレッド、ガンジャを聖なるものとしているが、基本的には、ものすごくフレンドリーで親切な人が多いらしいのだが、ここの人たちは、勝手にガイドしてたかってきたするので、あまりタチがよくなかった。

そんなラスタマンと・・・
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このあと、ガイド料だのなんだの、だいぶ揉めた。。。



町を歩いてみるが、日曜で開いている店も少なく、何かと面倒な声をかけられるので、明日のバスチケットを取り、大人しく部屋に戻った。
”モシモ”、平日に来てたら、面白かったのかも。

明日は、タンザニアの首都・ダルエスサラームへ。



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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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