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イスタンブール ~アジアとヨーロッパの架け橋~

「ついに俺もここまで来たか・・・」
東アジアからユーラシア大陸を東から西へと横断してきた旅人は、アジアとヨーロッパの境である、ボスボラス海峡を目の前につぶやくことだろう。
「深夜特急」の著者・沢木耕太郎も、そう心の中でつぶやいたはずだ。


僕はユーラシア大陸を横断してきたわけではない。
紅海から中東を北上してきた。
それでも、この町の景色は感慨深い。
僕の、中東の旅のゴールだからだ。


トルコは中東とは言わない。
ではヨーロッパなのか。それともアジアなのか。
国民の90%がイスラム教徒、EU非加盟国、サッカーW杯予選は欧州で戦い、欧州選手権にも出場する。
正式なところはわからない。
ヨーロッパでもアジアでもない、“トルコはトルコだ”と言った人もいる。


アジアとヨーロッパの境、ボスボラス海峡を挟んでアジアとヨーロッパにまたがるトルコ最大の都市。


イスタンブール

ボスボラス大橋
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旧市街側から新市街を望む
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最初はビザンチウムという名がつき、次に、東ローマ帝国の首都コンスタンチノーブルと名を変え、その後、オスマントルコ帝国の首都として、イスタンブールという都市名になった。
1922年に首都はアンカラに移されたが、今もなおトルコの経済と文化の中心地である。

イスタンブールの町は、海峡と湾で、大きく3つの地域に分かれている。
ヨーロッパ側とアジア側をボスボラス海峡が東西に分け、さらにヨーロッパ側は、金角湾を挟み、北に新市街、南に旧市街と分かれている。

主な見どころやホテルは、新市街・旧市街に集まっており、街並みを楽しめるのも、この2つの地域。
この2つの地域をメインにイスタンブールを観光してみた。



旧市街
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トプカプ宮殿
15世紀から19世紀まで、約400年間、オスマン・トルコ帝国の歴代スルタンの居城として使われた。
70万㎡という広大な敷地内には、ひとつの町ができていたとのこと。
一番の見どころっぽい雰囲気の場所だったけど、入場せず。高いし。
外から中見えないので、写真なし!


アヤソフィア博物館
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トプカプ宮殿のすぐ前に位置する巨大な赤色の聖堂。
360年に初めて建設されたが、何度も焼失や破壊により建て直され、ギリシア正教の総本山として栄えた時代もあったが、15世紀にジャーミィに変えられ、イスラム寺院となった。
現在は博物館として一般公開されている。
ここは外から写真撮れるから、それで満足。


スルタンアフメットジャーミィ
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アヤソフィア博物館と向かい合うように建つ、イスタンブールを象徴する青のイスラム寺院。
通称ブルーモスクと呼ばれる。
直径30m近い大ドーム、4つの副ドーム、6つのミナーレ(尖塔)を持つ、豪華な寺院。
これまで見てきたイスラムのモスクは、尖塔はたいてい1本。多くても左右に2本だった。
ここも外から十分外観を楽しめるため、遠めに眺めて写真パシャ。


ガラタ橋
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新市街と旧市街を結ぶ橋。
橋の上ではおじさんたちが並んで釣りをしている。
橋の近くでは、屋台が並び、人々で賑わっている。


イェニ・ジャーミィ
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ガラタ橋のすぐそばにあるジャーミィ。
このジャーミィもドームの大きさのバランスがよく美しいと言われている。
トルコのイスラム寺院は、このように派手で尖塔が複数本あるものが多い。


グランドバザール
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15世紀から続く、屋根つき市場。
その規模は中東最大とも言われる。
確かに広くて迷いそうになった。




新市街
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完全に現代的な都会の街並み。
行き交う人々のファッションを見ても、垢抜けているし、女性は頭を隠してない人ばかりだし、イスラム圏とは思えない。
もはや、ここはヨーロッパだと思う。
新市街は、ショッピングを楽しんだり、カフェでまったりしたり、スウィーツを食べ歩いたりするような雰囲気。


イスタンブールはすぐに離れる予定だったが、僕がこの先入国予定のインドのビザが、安く早くお得な条件で取れるため、申請することにした。
4日ほどビザ待ちして、そのあと、中東を離れます。




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パムッカレ ~石灰だなぁ~。~

パムッカレ
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よくある世界遺産の近くの小さな町。


そして、パムッカレといえば、石灰棚!!
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雪ではありません。
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塩でもありません。
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今回は“石灰”です。
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これは、古代からこの地域に流れる温泉水に多く含まれる二酸化炭素とカルシウムが化合して炭酸カルシウムになり、台地を流れ落ちながら少しずつ固まって出来上がったもの。
石灰棚は長さ約3km、厚さ300m、麓の平地からは100mほどの高さに形成されている。
ちなみにパムッカレとは、「綿の城」という意味。



石灰棚は保護のため裸足で歩かなければならない。
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白くて綺麗で柔らかそうな石灰棚だが、水は冷たく、石もゴロゴロしていて、足の裏がちょっと痛い。
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ただ、場所によっては、水の中に入ることができる場所もある。



現在は、流れる温泉水の量はコントロールされていて、水が全く流れておらず、干からびているところが目立つ。
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理由は、コケが生えないようにとか、
立ち入りができない場所も多い。
また、人口で形が整えられている場所も多い。

これらのこともあり、旅人のあいだでは、パムッカレの評価はあまりよくない。
僕が訪れたときも、やはり干からびているところが多かったが、天候は良く、場所によっては水が薄い水色に輝いているところも見られ、まぁまぁかなという感じだった。

パムッカレは石灰棚と共に、古代都市ヒエラポリスという遺跡が世界遺産に登録されている。
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紀元前2世紀頃、ペルガモン王国のエウメネス2世が支配するようになってからヒエロポリスと呼ばれるようになった。
1世紀から3世紀頃のローマ時代、ビサンチン時代と長く繁栄した。
良質の温泉に治療効果があると信じ、ここに都市を建設したとされる。

今も昔も、みんな温泉好きってことですね。



パムッカレ温泉
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遺跡(ローマ建築の円柱など)が沈むお湯に浸かることができる、ここも有名な観光地だが、なんだか普通のスパ施設みたいな外観で、興ざめし、入場しなかった。


円形劇場
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ヒエラポリス遺跡内にある保存状態がかなりよいローマ劇場。
収容人数は2万5千人。


中東で遺跡慣れ(飽き)してしてしまっていたのと、パムッカレ=石灰棚といイメージしかなかったので、ヒエラポリスは、「ふ~ん。」って感じでした。


パムッカレや、カッパドキアでは、ツアー団体の日本人おじちゃんおばちゃんたちに遭遇。
いよいよヨーロッパに近づいてきた気がした。
定年を迎え、息子・娘も1人立ちし、老後を楽しく過ごそうという人たちに見えた。
「あら、やだ!」「ちょっとあんた!」など、久々におばちゃん節を聞くことができ、ちょっと嬉しかった。
長い間、家族のために汗水たらして働き続けたお父さんたちと、それを支え続けたお母さんたちが、仲よさそうにカメラをぶらさげて、あーだこうだ言い合っている姿はなんだか微笑ましかった。
旅行の間は、すべて忘れて楽しんでるんだろうなぁ。
家に帰ったら「やっぱり我が家が一番!」とか言うのかな。
そうであってほしいな。


パムッカレとヒエラポリス観光は午前中でだけで終了。
夜行バスで着いて、そのまま夜行バスでイスタンブールに向かいます。



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カッパドキア ~キノコ・タケノコ・ニョッキッキ!~


なんとかトルコ・カッパドキアまで辿り着いた。

カッパドキアは、トルコの観光地の中でも、1、2を争う人気観光スポットであるが、カッパドキアという町や遺跡の名前はなく、地域の総称である。
この地域を有名にしているのは、様々な形をした奇岩群。

僕が宿泊するのは、周りをその奇岩群に囲まれたギョレメという小さな村。


ギョレメ
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観光地ではあるが、とても落ち着いた雰囲気の村。
ホテルやレストランが多く、この村を基点にカッパドキアを観光する旅行者が多い。


トラベラーズケーブペンション(宿)
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宿自体が奇岩の中にあり、奇岩のなかにある部屋に泊まることができる。


村の高台に登れば、すぐにカッパドキアの奇景を望める。
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ギョレメ村のまわりはタケノコ型の奇岩が多い。
岩の先端が尖がっている。

先端恐怖症の人は、「渡航の是非を検討して下さい。」
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これらカッパドキアの奇岩が形成された仕組みを説明すると。
まず、数百~数億年前に、この地域では連続して火山の噴火が起きていた。
これにより火山灰と溶岩が積み重なり、それが凝灰岩や溶岩層となった。
そして、各層によって硬度が違う砂岩が、長い年月をかけて雨や風により侵食され、現在のような不思議な岩の形になった。
軟らかい凝灰岩や溶岩が侵食され、硬い部分が残ったというわけだ。


それを考えたとしても、この形はありえない・・・
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キノコみたいなシイタケみたいなマツタケみたいなシメジみたいなエノキダケみたいな毛先が球みたいな・・・

ヤラセだよ絶対。
なんか支柱とか入ってるよ絶対。と思ってしまうほど・・・

このキノコのような形をした岩は、その中に妖精が住んでいるとの言い伝えがあり、「妖精の煙突」とも呼ばれている。


1ニョキ!
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岩たちに負けじと。


奇岩めぐりをしていると、岩が遺跡のようになっているところが数多く見られる。
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先史時代から、この地方の岩は軟らかく、人々は地面や岩を掘って、この岩を住居として暮らしていたという。
現在に残っている遺跡のような岩の家々は、6世紀頃にアラブ人の迫害を逃れたキリスト教徒たちが、教会や修道院、隠れ家として使っていたもの。


ウチヒサル
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「尖った城」、「3つの要塞」という意味を持つ城塞を持った村。(どちらが本当なのかわからない・・・)

カッパドキア一帯で一番高い位置にあるため、この城塞を登るとカッパドキア360度パノラマ!
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あいにくの悪天候で夕日は見れなかったものの、やはりどこの町でも、上から全体を見下ろすと“○○に来たなぁ~”という気になる。
(勝手にその町を制覇したという気になる。自己満足、いわゆる自己満。いつも自己満。旅は自己満。)



ウフララ渓谷
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ただの突き出た奇岩だけでなく、渓谷もあり、ここでも岩を削って、教会などを作っていたあとが見られた。



カイマクル地下都市

地下8階の巨大な地下都市。
アラブ人に迫害されたキリスト教徒たちが住んでいた。
カッパドキアには300以上の地下都市があると言われる。
このカイマクル地下都市には、5000人以上が暮らしていたと言われる。

カッパドキアでは、この旅初のガイドつきツアーに参加。

この旅初のチャリンコ観光もした。


トルコは物価高いし、サクサクと次の観光地へいってきま~す!!



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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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