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死海 ~死の海で甦るお肌~

アンマンに戻ってきた。
ここからシリアを経て、トルコのイスタンブールまで北上していく。

あっ~と、その前に忘れちゃいけない場所が!!


死海
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海抜マイナス410m(世界一海抜が低い)
塩分濃度が30%と非常に高く、生物が生息できないことから、「死海」と呼ばれる。
死海の海水は、通常の海水の20~30倍ものミネラル分を含んでおり、老化防止、アトピー、乾燥肌など様々なお肌の悩みに効用を持ち、また、死海の海水や泥には、汚れを吸収して除去するはたらきもあり、スキンケア商品として、全世界から注目されております。

さらに、その特殊な海水の成分によって、ただ海に入るだけで体が浮く、溺れることのない海だ。
カナヅチのアナタでもここなら大丈夫!!


ほら、浮いちゃう。
IMG_0181.jpg
新聞だって読めちゃうんだから。
おかげで顔が日焼けで真っ黒。

浮いて浮いて、先日までやってたスキューバダイビングなんてできない。
塩分だけでなく、鉱分も非常に高いため、口に入るとしょっぱいというか、苦い。
鼻に入ると痛い。
目に入るとしみる。

ジタバタせず、ただのんびり浮いているのが死海の楽しみ方。


それじゃ刺激が足りないという、ちょっぴり大人なアナタには、こちらの楽しみ方がおすすめです。
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泥で固めたような男です。
(先ほどの写真の黒さは、もちろん日焼けによるものではありません。)


地元民も・・・
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ヨルダン人のたしなみのようです。


ドロンズ
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真ん中の彼には負けました。
ヨルダン人もなかなかやるな・・・。


・・・というわけで、今回は、泥にまみれて、ドロンします。



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ペトラ ~薔薇色の都市~

ヨルダン一の有名観光地、ペトラ。
紀元前4世紀頃から遊牧民のナバタイ人やベドウィンによって王国が作られ、隊商の中継都市として、繁栄していた。

ペトラは1日で見終わらないほど広い。

とにかく歩く。
1kmほど歩くと、シークと呼ばれる両側を巨大な岩に囲まれた細長い道が現れる。
巨大な岩が真っ二つに裂けてできたような道だ。
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道は左右に曲折しているため、道の先は岩に隠されてなかなか見えない。
冒険心がくすぐられる、遺跡のプロローグにふさわしい道だ。
この奥の細道に導かれるように進むと、ついに終点から光が見え始める。
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その先に現れたのは・・・


エル・ハズネ
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「インディアナ・ジョーンズ~最後の聖戦~」の舞台にもなった、ペトラを象徴する遺跡。
この建物の上に乗っている壺の中に宝物があると言われていたことから、宝物殿とも呼ばれる。
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朝早く遺跡に入ったので、先に奥まで見て太陽が昇ったら、また戻ってこようと考えた。

先に進むと、他にも巨大な遺跡が目の前に立ちはだかる。

王家の墓
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宮殿の墓
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岩と遺跡が一体化している。

凱旋門
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ペトラは551年の大地震で内部の遺跡の多くが崩壊してしまった。
凱旋門のまわりにも、たくさんの建物があったのだが、今はほとんどが崩れ原型を留めていない。
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大判焼きみたいのが、転がってたりする。


ペトラは本当に広く、一番奥のエド・ディルという神殿遺跡までは一時間ほど岩山を登っていく。
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日光の強さによる暑さと、激しい乾燥が、山道をよりハードにさせる。
遺跡内では、ドンキーによるタクシーサービスがあり、多くの旅行者が利用している。
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このサービスのすごいところ、それは、付き添いのドンキー飼いが、ドンキーを導きながら、横で歩いていくこと。
このハードな道を1日に何往復もするのかと思うと、気が遠くなる。

このようにハードではあるけれども、ペトラの良さは、この“遺跡だけではないところ”にあるのだと思う。
奇形な岩々と、迫り来るような岩山群、それと調和している神殿遺跡。
それこそがペトラだ。
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ドンキーたちと競り合いながらなんとか目的地に着く。


エド・ディルにて
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高さ45m、幅50mの巨大神殿遺跡。
一世紀半ばに建てられたナバタイ人の神殿。

遠景
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近景
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この神殿のさらに奥には、すぐに登れる小高い岩山がたくさんあり、ペトラの周辺を、見渡すことができた。
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それぞれの谷の上にはお土産が建っている。
ここの店の人は、ここで暮らしているようだ。

谷からの景色。
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山と砂漠しか見えない・・・(見づらいけど山の向こうは砂漠)
まったく隊商はなんてところを通ってたんだ・・・

広いし疲れるし2日券があるのも納得。

また、ペトラは、陽のあたり具合や天候で、様々な色の変化を見せる。
一日に50もの色の違いを見せると言われ「バラ色の都市」とも呼ばれる。
その、バラ色の都市の象徴と言われるのが、前半に紹介した、インディアナジョーンズにも出てきたエル・ハズネだ。
エルハズネは岩に囲まれた場所にあるため、日照時間が短い。
この日は朝一で行ったため、まだエル・ハズネに陽が当たっておらず、先に一番奥にあるエド・ディルを目指した。
そして、エル・ハズネに陽があたる頃に戻ったが・・・

がび~ん
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陽が当たってない~

ちょっと明るくなっても・・・
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確かに様々な色を見せるのはわかるが・・・
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遅かった・・・
すでに太陽は通り過ぎていた・・・

ペトラの鮮やかなバラ色を見ることはできず、トボトボと徒歩で帰りました。トホホ・・・



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ワディ・ラム ~砂漠という名の極上のデザート~

なんだかんだダイビングが終わったあとも、4日ほどダハブに滞在していた。
ブログの記事作成をしながら、のんびりしていた。
やはり、ダハブは気持ちがいい。
いつの間にか僕もダハブの居心地のよさにハマッてしまっていたようだ。

しかし、いつまでもノンビリはしていられない。
ここエジプトから、トルコ・イスタンブールまで中東を縦断する。

行きにヨルダンから来た道を引き返す。
再び、フェリーで紅海を渡るのだが、このフェリー、行きこそ時間通りに出航したものの、欠航や遅延が多くて有名。
少し風が吹くと、すぐに運転を見合わせるらしい。
乗り場に着いて6時間、やっと船に乗る。
そして、船に乗って、さらに2時間待ち。
3日間欠航で、船を待った人もいるくらいだから、まだマシか。
対岸のアカバに23時頃着いたため、アカバに1泊し、次の目的地には、翌朝向かうことに。



次の日、向かうは、ワディ・ラム
アラブ系遊牧民族“ベドウィン”が住む砂漠地帯だ。

遊牧民族といっても、現在、大部分のベドウィンは、政府の定住政策の影響もあり、砂漠での遊牧生活をやめ、砂漠の入り口から数キロの地点にある村に定住している。
身なりも、町で暮らす普通のアラブ人と変わりない。
子どもたちは村に設けられた学校へ、大人たちは、4WDやロッククライミングのガイドをして、生活している。

そんなワディ・ラムでの観光の醍醐味は、ベドウィンのガイドによる砂漠の4WDツアーと、砂漠にあるテントに宿泊すること。

さっそく、ガイドブックに砂漠入口から5キロほどと書かれているラム村を目指す。
タクシーはないから、ヒッチハイクで行けと言われ、初ヒッチに挑戦。
拾ってもらったことは何度もあるけど、自分から、「乗せて~」と親指を立てるのは初めて。
タダで乗せろってことだから、堂々とやるのは、なんだか気が引ける。
モジモジしながら控えめにヒッチ開始。
しかも、車の数が少なく、なかなか止まりもしない。
5キロ程度なら歩いてしまおうと思いきや、明らかに5キロ以上歩いているのに、村が見えない。
これ砂漠だもんな。道路がなかったら、一巻の終わりだな・・・。
本気で乗せて欲しくなると、上げる右腕の角度が変わり、立てる親指も反り返る!

僕の元気いっぱい勇気100倍の親指に反応してくれたトラックが乗せてくれ、無事に村に到着。
そして、即、4WDツアーに合流!!
砂漠へ繰り出した。

ベドウィンのドライバーさん
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ごめんなさい。名前忘れちゃった。
けど、運転はプロ級。
砂漠では下手だとスピンや止まってしまう。
ドリフトみたいに滑らせながらも、しっかりラインをキープ。
ベドウィンの土屋圭市(ドリフトキング)。

ツアー中の景色
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砂漠の車窓から
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砂漠feat.ベドウィン
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ここワディ・ラムは、映画「アラビアのロレンス」の舞台にもなっている。
イギリス人将校ロレンスがベドウィンを率いてトルコ軍と戦うという内容の映画である。
というより、この映画は実話が元になっていて、このワディラムに、ロレンスのゆかりの地が残されている。

ロレンスの家
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現在はすでにボロボロ。

南米やイエメンでも、移動の最中などに砂漠地帯は見てきたけれど、砂漠の中と外では全然、景色が違う。
音のない音がする。風が聴こえる・・・。
何をくさいこと言っとんじゃと思うかもしれないけれど、ほんとにそうなんじゃい!
嘘だと思うなら、いますぐ鳥取砂丘へ!

また、ワディ・ラムが他の砂漠と違うのは、ただの砂漠ではないところ。
というのは、この砂漠の景色は、“砂漠+巨岩”なのだ。
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その巨岩もただの巨岩ではない。
赤く、溶け出したような形で、いまにも動き出しそうな、今でも岩が溶け出し流れ出ているような独特の威風を持つ。
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赤い砂漠と見たこともない巨大で奇妙な形をした岩山群・・・
これが地球上の風景かと思ってしまうくらいだ。
まるで違う惑星に来てしまったようだ。
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石の橋
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砂山にも登った。
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砂時計の砂のようにサラサラなので、踏み込むたびに足が埋もれて、なかなか前に進めない。
とっても疲れる。
でも、サラサラ感が気持ちいい。
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穴を掘ろうとしても、次々に砂が流れ込んできて、掘れない。
まるで、液体のような砂だ。




砂漠の4WDツアーは夕方前に終わり、宿泊するキャンプへ。
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そして、サンセットを待つ。
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音のない広大な場所での夕日・・・
ボリビアのウユニ塩湖を思い出す・・・
夕日はいつも同じはずなのに、見る場所によって、全然雰囲気が違う。


そして、夕食。
ベドウィンはこのキャンプに住んではいないが、旅行者がいるときには、ベドウィンのガイドが1人、このキャンプに泊まる。
夕食と共に、アラビア音楽を演奏してくれた。
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砂漠のテントで火を囲みながら 遊牧民ベドウィンが奏でるアラビア音楽に身を任せる・・・
僕は今、アラビアにいる・・・。
なんて素敵な時間なんだろう。


そして、外へ出ると・・・
目の前に信じられない数の星たちが光を放っている。
砂漠の星空はレベルが違う・・・
星座の教科書そのもの。

思わず寝転がって空を見上げる。
月は皿のような薄っぺらい三日月。
すでに沈みそうな位置にある。
まるで、僕と一緒に寝転がって星を見上げているかのよう。
午前零時前、月が太陽を追いかけるように早々と岩山の向こうで静かに眠りについた。

夜空のシアターでは、星たちだけの時間がはじまる。
月明かりがなくなり、さらに輝きが増した星たち。
無音の星空のなか溶け込む・・・

宇宙にいるんだなぁ・・・。

無音の星空の中にひとり・・・

旅のはじまり、オーロラを探し続けたアラスカ・フェアバンクスの空を思い出す・・・

あと少しで、あれから半年が経とうとしている。
いまがこの旅の折り返し地点。

流れ星に旅の安全の願いを込めて、おやすみなさい・・・


とか、ロマンチスト兼ナルシストっぽく、かっこつけた感じだったんだけど、
静か過ぎて寝れん!
静か過ぎてうるさい!
静かだけど、静かにしてくれ!!
ちょっと眠りにつけても熟睡できん。すぐ目が覚める。
早く寝たいから、だれかうるさくして~!

というわけで、疲れが残ったまま、ワディラムの砂漠をあとにした。





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ヨルダン・アンマン ~複雑な人種のるつぼの中に咲く花~


ヨルダンのアンマン・・・

南米から中東に飛んでくる飛行機の中で、映画を観た。
タイトルは「ワールド・オブ・ライズ」。日本でもすでに公開されている。
中東を舞台に、米CIAが過激テロ組織を殲滅させるべく、様々な作戦・駆け引きで戦う様子を描いた映画。
現地工作員をレオナルド・ディカプリオ、その工作員にアメリカから指示を出す上司をラッセル・クロウが演じている。
そんな明らかにイラク戦争を連想させる映画なのだが、その映画で、ディカプリオ演じる工作員が拠点とし、話の中心になっている町がアンマンだった。
映画のストーリーの中では、簡単にテロや殺人が起こる。
現実の世界においても、映画のようなことが起こっている中東。
不安を抱きながらも、いよいよ、そこへ降り立った。



アンマン
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(※写真データを紛失したため地味な郊外の写真に・・・実際はもっと賑わっている都市です。)
アンマンは中東戦争によって、イスラエルに戻れなくなったパレスチナ人が多くいる町。
また、レバノンの内戦や、イラク戦争から逃れてきた避難民も多く、非常に複雑な民族構成になっている。
他国からの避難民が多いことからもわかるように、アンマンは治安がよい。
しかし、パレスチナ人をはじめとした避難民と、ヨルダン人とのあいだでは、差別問題も色濃く残っているという。


キングフセインモスク
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アンマンのダウンタウンの中心地。
首都の中心にあるモスクにしては、地味な印象。
前を通ると、がらりとした内部が見える。
がらりとしているのは、イスラム教では偶像崇拝を禁止しているため。

イエメンを見た後なので、アンマンの町並みは、どこか殺風景で寂しく映ってしまう。
それは人に対しても同じで、急ぎ足で歩くヨルダン人が冷たく見えてしまう。
あれ?イエメンシックになっちゃったか・・・?

しかし、そんな不安も、“彼”を見ていると吹っ飛んだ。
日本人旅行者の間では有名人のサーメルさん。
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彼は、宿の従業員。
昔から宿の従業員。
ただちょっと特別な従業員。

サーメルさんは、アンマンで15年以上ホテルの従業員として働いているパレスチナ系ヨルダン人。
彼もパレスチナ系ヨルダン人ということで、不平等に苦しむ人生を過ごしているが、ホスピタリティ精神溢れる性格で、日本人の旅人たちから慕われ続けている。
彼もホテルに来る旅人たちが大好きで、その中でも特に日本人旅行者の優しい心が好きだという。
日本人バックパッカーの間では有名で、最近は数軒のホテルを転々と移動して働いていたので、“サーメルさんの現在地”がよく話題になっていた。

2004年10月にイラクで起きた、香田証生さんの誘拐・殺害事件の時には、香田さんが最後に泊まっていたクリフホテルで働いていた。
イラクへ行くという香田さんを何度も説得したが止められず、仕方なくバスを手配し送り出した。(その後すぐに日本大使館に保護を依頼する連絡をした。)
事件後、日本を含む各国のメディアから叩かれ、ヨルダン国内では逮捕もされたという。
香田さんのイラク行きを止められなかったことを強く後悔し、苦しんでいたが、多くの旅人に励まされ、現在もホテルの従業員を続けている。
サーメルさんの夢は自分の宿を持つことで、そのホテル名に香田さんの名前を入れることだった。
現在働いているマンスールホテルは、別名を香田ホテルという。
このホテルは、サーメルさんがオーナーの宿ではないが、別のオーナーと一緒に、マネージャーとして(マネージャーといってもフロント業務などを行う普通のホテルスタッフ)始める際に、国に“香田ホテル”という名前を申請しさせてもらったという。
しかし、国には認められなかった。
それでも、宿の入り口にはマンスールホテルという名前の他に、コーダホテルという文字の入った看板が掲げられている。
(この文章は、2009年3月現在、マンスールホテルにある、サーメルさんの持つ情報ノートや、旅人たちがサーメルさんの話を訳して活字にした“サーメルストーリー”に基づいて書きました。)

香田さんが最後に宿泊したクリフホテル
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当時サーメルさんはここで働いていた。


マンスールホテル(香田ホテル)
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クリフホテルと目と鼻の先にある現在サーメルさんが働いているホテル。


僕がサーメルさんと接した感想は、やはりとても親切で優しい。
伝えようとしていることをすぐにわかってくれるし、わかってくれようとしてくれる。
いつも旅人に気を遣い続けている人だと思った。
旅人の間では有名人なので、オーラのある人を想像していたけれど、全くと言っていいほどオーラや驕るような感じはなく、逆に気弱そうで少し頼りなさそうな印象を受けるような人だった。
でも、そこが彼が旅人から慕われるところなのだと思う。

2009年2月には日本人女性と結婚したサーメルさん。
お二人とも、お幸せに、そして、いつか自分の宿を持つという夢を叶えてほしいと思う。
※近日中にサーメルさんはマンスールをやめて、一度日本へ行くとのことで、マンスールを訪ねてもサーメルさんには会えません。
詳しくは、MIXIコミュ「サーメルの宿」や、中東各地の宿にある情報ノートでご確認ください・・・

そんな香田ホテルはとても居心地がいいが、アンマン自体は中東旅行者の中継地点といった感じで、面白みはない。
少し休んで、また次の目的地へ・・・。



■ドバイ・リベンジ
イエメンに行く前に1泊だけしたドバイ。
そして、とても印象の悪かったドバイ。
アンマンに行く前に、飛行機の経由地として、再びドバイに降り立った。
せっかくなので、有名な建物だけ見て行くことにした。

バージュ・アル・アラブホテル
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ドバイと言ったらこれ。という感じの、ドバイを象徴する建物。
7つ星ホテルであり、予約者以外は、ホテルに立ち入ることもできない。

僕も何かの間違いでここに泊まりに来ることがあるのだろうか・・・


現在、まだまだ建築中のビルが多かったドバイ。
外国企業、外国人労働者が溢れているドバイ。
華やかだけど色がないこの人工的な町は、これからどういう姿になっていくのだろう。




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プロフィール

原田 諒二                                     (はらだりょ-じ)

Author:原田 諒二 (はらだりょ-じ)
あの海の向こうには何があるんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
そんな単純な想いを胸に
いろんなものを見て
いろんな人と触れ合う旅の
真っ最中!!

2008年10月21日 世界一周出発

2009年9月28日 帰国

2015年1月2日 世界二周目に出発!!

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